hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

自分のこと

縛られている、今も

昨日(土曜日)の午前中に記事をアップしてからぼうっと過ごしていた。気がついたら何か録画されている。ああ、ブルース・スプリングスティーン特集だったな、と思い何気なくテレビをつけてぶっ飛んだ。かっこいいじゃないか、スプリングスティーン。その番…

こんなにも違うものなのか

4月3日にアップした記事で、職員室の雰囲気が劇的に変わったことを書いた。 先週1週間は「ほんとに変わったんだなぁ」と実感する日々だった。 まず、職員室に居られる。1日10分しか職員室に居ることができなかった僕が、である。驚きだ。職員室でお茶を飲ん…

やっと聴くことができたよ

何を聴けたかって?エルビス・コステロ「オリヴァーズ・アーミー」のライブヴァージョンだよ。この前何気なくアップルミュージックでエルビス・コステロを検索していた。コステロの場合どうしても下の方へスクロールしてしまう。つまり初期の作品のアウトテ…

マチダ先生

サカグチ先生と一緒に異動してきた2学期のある日、突然家に先生から電話がかかってきた。「あなたマチダ先生って知ってる?」と聞かれたので「名前だけは知っています。何だかすごい先生だということも」と答えると、サカグチ先生は「今度うちの学校に来て…

ヒガシ先生

ヒガシ先生との出会いは半分は僕が引き寄せたものだ(自慢)。 例によってサカグチ先生と一緒の時である(1年目)。4年担任として苦労したことは書いたが、そのクラスの中にアスペルガーの男子児童が1人いた。その子はクラスのいろいろな友だちに心無い言…

オオカワ先生について その2

その1で書いたように、僕が研究主任をしている間はオオカワ先生に来てもらって、みんなで勉強してきた。 それは異動しても同じだった。これもサカグチ先生の項で書いたがサカグチ先生の勤務校にオオカワ先生を招いた時に誘われ、思いっきり参加させてもらっ…

オオカワ先生について 

サカグチ先生と一緒に働いている時に関わることができたのが算数の大家であるオオカワ先生(仮)と特別支援教育の世界で影響力を持つヒガシ(仮)先生である。そしてマチダ先生(仮)という超カリスマ教師に授業を見てもらった。サカグチ先生には「これを人…

サカグチ先生とのこと その2

もう少し、同じ職場で働いていた時のことを書こうかな。 3年目に大変な6年生を受け持つことになったが、そのための策の一つとして、算数をサカグチ先生とTTでするということになった。当時まだ自分の授業を見られることに慣れていなかった僕は心の中で「参っ…

全てはサカグチ先生との出会いから始まった

僕の教員人生「本格的に真面目になった編」はサカグチ先生(仮)と出会ったことから始まったと言っても過言ではない。その時僕はもう40歳を少し超えていた。遅すぎる出会いだったが仕方がない。これも運命だ。それより出会えたことの奇跡を喜ばなければいけ…

感謝フォーユー&本当の頭のよさってなんだろう? その2

半年ほど前に「感謝フォーユー」と題して2人に謝意を述べさせてもらったが、今日は3人目である。 それは、1月まで一緒に働いていた人だ。残念ながら2月に辞めることになったが(その辺の経緯はどこかに書いてある)、僕は2月から「その人ロス」で悩まされる…

本当の頭のよさってなんだろう?/齊藤孝著

先週の土曜日に主治医から「これを読みなさい」と言われて渡されたのがタイトルの本である。「子ども用に書かれた本だけど、これは大人も読むべき本よ」という言葉も添えて手渡された僕は早速病院と薬局の待ち時間に読んでみた。 構成は 第1章:本当の「頭の…

今日は「孤高の人」

2回目の白山登山は日帰りだった。先に書いておくと、次の日は2人とも筋肉痛で少しも動くことができなかった。 同僚のおばちゃん先生(50歳代)に誘われて、行くべきかどうか逡巡したが、まぁいつも目をかけてもらっているので妻に頼み込んで一緒に行くことに…

「銀嶺の人」までいくかな?

僕は登山と呼べるものを2回している。どちらも白山だ。1回目は大学生の時に父と義兄と僕の3人で、2回目は学校の同僚の先生夫婦と4人で登った。 勿論自分から登りたいと言ったわけではない。誘われたのだ。 義兄は本格的に登山をする人で、僕と義父との交流を…

「怒り9諦め1」、いや「怒り10」だな

こんなマイナスなこと記事にしたくはないが・・・。書いちゃったものはしょうがない。少しの期間だけアップさせて下さい。不快に感じる人がいませんように・・・。 毎週学校では週行事予定表が配布される。教務が作成するのだが、中には予定表の下にコメント…

妻と僕(最後)

結婚式は、友だちは呼ばないで内々だけで済ませたいという僕たちの意向を双方の両親が汲んでくれた。当日式が終わって親族たちは飲みに出た。僕達はアメダさんの着る私服がないと言ったら、彼女の妹が慌てて実家に取りに行った。実家まで最低でも1時間はかか…

妻と僕(パート4)

ヤマガタさんは例によってすぐに学校の雰囲気に溶け込んだ。放課後行っているバドミントンにも参加していた。僕は昔のことは忘れ、普通にヤマガタさんと喋るようになった。あくまでも普通に、を心がけた。 対してアメダさんには次第に特別な感情を持って接す…

妻と僕(パート3)

「アメダさん」と再会した。4年振りに。彼女は随分以前と印象が変わっていた。髪を短く切り、スポーティーな感じに変身していた。しかし、その前に書いておかなければいけないことがある。 「ヤマガタさん」のことだ。あくまで全部仮名だからね。念のため言…

妻と僕(パート2)

前回は、何となく固有名詞をつけて書いちゃったので、妻の名前も考えてみた。名付けて「アメダさん」。友だちからは「アメちゃん」と呼ばれていたことにしよう。今日の最後の方に登場してくれればいいのだが。 大学4回生、つまりコンドウさんが卒業する年度…

湖と島を1周

琵琶湖を1周しようという計画は何となく妻と話していた。しかし明日行こうかという時に僕たちは些細なことで喧嘩してしまった。次の日、どうしようと考えあぐねたが、昼過ぎに決心して「今から行くよ」と言った(いつも決心するのが遅い)。妻に異存はなかっ…

妻と僕(パート1)

全国に2人ほどいる「僕のプライベート」に興味を持ってくれている人へ。お待たせしました。「妻と僕編(途中大きく外れるところあり)」(パート1)が出来ました。それでは始めます。 妻と僕が初めて会ったのは大学の研究室だった。1つ年下だった彼女は、つ…

自転車でどこかを1周することが好きだった

といっても能登半島、琵琶湖、淡路島の3回だけなんだけどね。能登半島は大学5回生の時に1人で、あとの2か所は結婚してから妻と2人で行った。 能登半島へは9月頃に行ったと思う。友だちもいなくて孤独だった僕は、2週間前ぐらいから「自転車で何処かへ行きた…

ほっとした

高校受験同様、ギリギリで大学に合格した僕は、またしても同じ轍を踏んだ。合格したからもう勉強しなくてもいいだろうと思ってしまったのである。家から電車で通っていた僕は、そのうち塾講師のバイトを始めて、その年の夏にはアパートに引っ越していた。ア…

そして一人になった

12月に僕と同じ(辛い)思いをしている先生が病休に入ったと以前書いた。 そして今度は4年担任をしていた講師の先生が学校を辞めた。この件について僕は結構怒りに震えている。 追い詰めたのは誰だ。僕も含めた全職員だ。職員を管理しているのは誰だ。校長…

大学受験もすべり込み

友だちとつるむのをやめて受験勉強を始めたところからだな。 まず僕は、英語の勉強を始めた。リーダーとグラマーだっけ?今はどうなってるのかよく分からないけど。とにかくリーダーの勉強を中心に始めた。しかし、さっぱり分からない。質問の意味すら分から…

「無気力」→「普通」→「楽しかった」

かろうじて地元で1番の高校に滑り込んだ僕だったがその後の3年間はどうだったのか? タイトル通りである。僕は入学できたのでもう勉強はしなくてもいいと勝手に思い込んでいた。そして、どんどん授業についていけなくなった。部活はラグビー部に所属した。…

優等生だったのだろうか?

例えばクラスの学級代表になることは、「優等生」になるのか?もしそうなら僕は、はたから見て優等生に見える時期があった。 「はたから見て」というのがミソで、僕自身はちっともそんなことは思っていなし、そうではなかったのだが、どうも「ちゃんとしてい…

「キク」

恥ずかしい話だが、僕は犬に触ることができない。怖いのだ。ワンワン吠えられるとビビってしまうのだ。犬と戯れている人を見るだけでもう尊敬のまなざしである。 そんな僕が唯一触ることができた犬。それがキクである。年下の従弟が飼っていた犬だ。残念だが…

ビール500ml×2+ジントニックたくさん=頭グラグラ

毎日毎日こんな風にアルコール摂取していた時期がある(今計算したら2009年からのことだった)。 初めて病休(夏休みから2学期いっぱい)をとって、3学期復帰した僕は、学校を異動できると思っていた。しかしそうはならなかった(一般的には病休した後はその…

「イマジン」を歌った その2

忌野清志郎ヴァージョンの「イマジン」を歌うにあたって、僕は「普通に歌ってもこれは(僕の歌唱力では)お客さんに伝わらないぞ」と思い、あれこれ考えた。そしてある決断をした。それは、遠藤ミチロウの叫び声を導入することだった。 息を吸い込みながら、…

「イマジン」(清志郎ヴァージョン)を人前で歌ったことがあるよ

昔々ギター教室に通っていた頃、僕のギターの先生は自身主催の「ジョン・レノン・コンサート」を毎年12月上旬にやっていた。 僕がギターを弾くだけでなく歌うことにも興味があることが分かった先生は僕に「こんなのがあるけど出てみない?」と言った。「ジョ…