「明日から本気で生きるぞ」の繰り返し

ここ数日エアコンを使わなくなった。いよいよあのくそ暑い日々ともお別れだと思うと気持ちが清々する。というわけでいよいよ秋の始まりである。

 

 

 

最近、物忘れをすることが多くなった。特に食材を買う時に忘れることが多い。忘れるパターンとしては、メモをする時点で書き忘れる、メモに書いてあるにも関わらず見落として忘れる、の2パターンである。

 

 

そして家に帰ってさあ夕食を作るか、という時になって忘れ物をしたことが発覚するので、作る気が半減する。これからはこういうことが頻発するだろうから、ちゃんと確認をしなくちゃなと思う毎日である。おっとスマホを持たないで外出してしまうことも多くなったな。

 

 

これだけではない。この前の日曜日は何とギター教室の日を間違えてしまった。ちゃんとカードに28日と書いてあるのを見たにもかかわらず、僕は21日にギター教室に行った。受付のお姉さんが「hanamiさんは来週でしたよね?」と言われるまで全然気づかなかった。僕にも認知症の影が忍び寄ってきているのかもしれない。

 

 

 

 

ホントはこんなことを書いている場合じゃないのは百も承知である。9月2日以来ブログを書いていないのだから。これだけ間隔が空いたのって初めてじゃないかな。ちょっと危機的状況だな、と日々思いながらも記事を書くことがなかった。

 

 

 

そしたら一昨日JUNさんからメッセージが届いた。「ブログを更新してないけれど一体どうしちまったんだい?wakabyさんが心配してるぞ」みたいなことが書いてあった(JUNさんとwakabyさんは大学時代のバンド仲間)。

 

 

もしかして僕の身に何か不吉なことが起こったと思ったのかな。もしこのブログに定期的読者がいるとしたら、同じように「hanamiはどうしたんだ?」と思われている方もいるかもしれない。だから今現在、力を振り絞って文章を綴っている。

 

 

 

それにしても、最近の体たらくは一体どうしちまったんだい?ってくらいだな。別に気持ちが沈み込んでいるわけじゃあないんだけどね。でも「いいこと」は、妻が帰ってきた3分後には夕食を出している、ということだけだ。やはりパソコンを開いて文章を書かないというのは、よくない。毎日頭を使っていないって感じがする。

 

 

 

 

もう白状してしまおう。僕は今、ネットフリックス中毒に罹っているのだ。この病は重い。そして毎日罪悪感を抱かせ続ける病でもある。

 

 

最近の僕の生活を振り返ってみよう。

 

 

朝は大体7時前後に目が覚める。睡眠活動はこの2か月順調である。コーヒーを淹れ妻と話し、彼女を見送ってからまずYouTube動画をササっと観る。その後ドジャースの試合があれば、そこに集中する(つまりほぼ毎日ということだ)。その後2日に1回スーパーに行く。家に帰ってきたらネットフリックスを観る。この繰り返しだ。

 

 

最初は、午後16時過ぎから2時間ほど観るだけだった。それが今ではドラマの1クール全てを1日で観てしまうというくらい僕はネットフリックスという快楽装置にハマっているのだ。そして気がついたら晩御飯を作る時刻になっている。妻には知られたくないから、彼女が帰ってからは自重している。

 

 

これは恐ろしいことである。由々しき事態である。この間ブログは書かない、レコードも聴かない、本も読まない、ギターも触っていない。僕が今までしてきたことを一切やらなくなってしまったのだ。

 

 

そして恐ろしいことが起こった。左足首の内側が痛くなってきたのだ。歩くときもその部分を意識して歩かなければならないほどの痛みだ。何故こんなことになったのかというと、テレビを観る時の姿勢が問題であった。

 

 

僕がテレビを観る時は、ほとんど床に寝そべって観ている。左手で頭を支え、左足の上に右足を置いた姿勢だ。つまり右足の重みだけで、左足首が痛くなったというわけである。どれだけの時間、観てたんだよって話である。ああ恥ずかしい。

 

 

 

そして1日の終わり、つまり寝る前に「明日こそ本気で生きるぞ」と思うのだ。こういう日々がもう何週間も続いているのだ。「明日から」なんて言ってる限り、そんな日は永遠にこないことは分かっている。

 

 

僕は、かれこれ1年半を仕事をしないで暮らしている。夏前までは、自分なりに生きてきたつもりだった。しかしそんな生活は今や見る影もない。

 

 

 

 

 

 

 

数週間前は読書に取り組んでいた。スティーヴン・キングの「ビリー・サマーズ」は、もうすぐ上巻を読み終えるまでになっている。この話は、殺し屋であるビリー・サマーズが最後の仕事を引き受けるところから物語が始まるが、200ページほど読んだらその仕事は終わった。あと上巻少しと下巻で一体何が起こるんだろうという疑問が残るが、とにかく読んでいる間は本の世界に浸ることができた。僕にとっては実に久しぶりのことである。字が小さいわ頁は2段組みだわで老眼鏡なしで読むことは不可能だが、もう何年かはやろうと思えば読書はできると思った。しかしそれっきり1ページも読んでいない。

 

 

 

ギターの練習は、前に書いたかもしれないが、ポリスの「ロクサーヌ」が課題曲である。先生曰く、コードの変化を感じながら弾いてみてくださいとのことだった。僕は、最低この音だけは外したらダメだなというところ(ルート音、でいいのかな?)から始めて、そこに音を付け足すという作業をしている。1パターンはできた。しかし、それがアドリブなのかというとそうじゃないような気もする。もう少し自由に弾くことがアドリブなんだろうと思うが、今はこれが精一杯である。ギターを触っていないんだから新しいパターンは当然生まれていない。

 

 

音楽活動の方は更に低調である。大体レコードを聴いていないなんていつ以来だろう。毎日2枚は聴いていたというのに。しかし最近レッド・ツェッペリンのライヴ音源(4曲)がサブスクで発表されたので寝る前に聴いてみた。これが素晴らしいんだよね。ツェッペリンの音は今でも十分聴くに値するものであると確信した次第である。だから26日(明日)公開のツェッペリンの映画を観に行きたいなとは思っている。

 

 

 

 

 

久しぶりに文章を書いたが、出来はどうあれ、やはりいいことをしたような気分になった。頭を使ったような気分になった。よかったよかった。JUNさんとwakabyさんに感謝である。

 

 

 

取り敢えず僕は現在このようにして生きている。老後の生活、というものに真剣に向き合わざるを得ない事態になっていることは確かである。

 

 

 

それでは。