僕はこれまで、何かというと「午前〇時のhanami日記」と称して、早朝というか未明に記事を書いてきた。それというのも中途覚醒が酷くて、しょうがなく起きるか、となってしまうことが多かったからである。ホントに一体何回書いてきたんだろう。きっとこんなんだから病気が治らないんだよと思われている方もいただろう。
しかし、この「午前〇時のhanami日記」も終わりになるかもしれない。
まだ1か月のことなので、言い切ることはできないがようやく長い時間眠ることができるようになったのだ。僕としては長い長い戦いだったからこんなに嬉しいことはない。
具体的に書いてみよう。最近の僕は、大体21時前後に寝室に行く。睡眠導入剤はまだ飲んでいない。そこで、しばらく読書をする。そして、灯りを消して音楽を聴きながら目を閉じる。そのまま眠ることもあるし、途中で睡眠導入剤を飲むこともある。23時前頃かな。
そこからは眠りの世界だ。途中目が覚めることもあるが、そんな時はすぐに目を閉じて眠っている。そして目が覚めるのが何と午前7時なのだ。つまりは、約8時間眠り続けていることになる。こんなことはこの15年間なかった。いや、本当になかったんだよ。
この状態が1か月続いているというわけだ。一昨日精神科に行った時にこのことを話したら、「やっと緊張がとれてきたのね。貴方の場合、教員っていう仕事が貴方を緊張させてたからね」と言われた。そして、「今たっぷり飲んでいる薬を整理したい(減らしたい)」と言われたので、先生に言われて自己判断に任すと言われたものについては最小限の量にしていますと伝えた。先生は分かったと言って薬を減らしてくれた。
あとは、眠剤の量をこれからどれだけ減らすことができるか、だ。まずは睡眠導入剤を飲まなくても眠ることができるようになればいいのだが。
今日書きたいことは以上である。しかしながらこれじゃあちょっと寂しいのでもう少し書いてみよう。
先程、寝る前に本を読んでいると書いた。これも僕にとっては喜ばしいことで、実に久しぶりのことである。何でだか分からないが、集中してある程度のページを読むことができている。
今のところは、家にある蔵書の中から適当に見繕って読んでいるが、その中の1冊が「渋松対談Z」である。先日亡くなった渋谷陽一と数年前に亡くなった松村雄策がロッキングオン誌上で行っていた名物企画を本にまとめたものである。

この本を選んだのは何だかんだ言って、渋谷陽一の不在を僕は悲しんでいるのに最近気づいたからだ。YouTubeで流れている過去のサウンドストリートを聞くにつれ、その寂しさは募るばかりだ。
そういうわけでこの本を読んでいるのだが、この本は2人のボケとツッコミが絶妙な味を醸し出している。題材はロックなんだけど、時にそこから逸脱し、時に昔の空気(1970年代って言えばいいのかな)を急に甦らせる内容となっている。
僕が好きなのは、ちょっと分かった風なことを言う渋谷に対して、時々松村がそれを上回る冷静な返しをしているところである。いつもはだらしない(っていうかあんまりやる気を感じさせない)松村がズバッと本質を突いた発言をして、渋谷をたじろがせているところが面白い。
例えばこんな感じである。
渋谷:俺は昔から、雑誌を作ったり、批評文を書いたりしていたけど、曲を作ろうとか、小説を書こうとか、思った事ないもん。
松村:才能ないからだろう。
渋谷:まあな、才能もないし、もともとそうした志向もないんだよ。最近はインタビューも自分の重要な仕事になってるんだけど、あれも凄くライヴな行為だと思うな。
松村:だから、なんなんだよ。
渋谷:だから、俺の行動の基本原理は批評行為なの、ムカつくって言うと単純な気分みたいに聞こえるけど、そこに俺の本能的な批評精神があるわけよ。
ここまでは、渋谷は松村に対して言いたい放題で、松村は適当に返しているだけだ。しかしここから松村節が爆発する。
松村:だけど、お前は感動しないのか。
渋谷:なんだよ、感動って。
松村:俺の場合、CDとか小説に感動して原稿書くけどな。普通そうだろう。嫌いな音楽についての原稿より、自分の好きな音楽についての原稿書きたいだろう。お前もそうだろう。感動は批評にならないのか。
渋谷:・・・。確かに、それは言える。お前、いつも言ってるけど、Zになってから変に鋭くないか。
松村:お前がZになってからゴチャゴチャ理屈を言うようになったんで、ちゃんとつっ込んでやってるだけだろう。
こんな感じである。ああ、懐かしい。僕はゴチャゴチャ理屈を言う渋谷も、それを鋭く切り返す松村雄策も好きだ。今の音楽雑誌で2人に拮抗するような人っているのだろうか。
などと書いているうちに夕方になってしまったではないか。いやー、久しぶりだなあ。こんなに長い文章を書くなんて。
そろそろ夕食の支度をしなくっちゃ。
それでは。