何て書けばいいんだい? その2

松村雄策の「僕の樹には誰もいない」を読んでしまった。「読んでしまった」というのは、先日書いたように、今まで発表された彼の文章を「全部は読みたくはない」という気持ちがあったからである。でも読んでしまった。そりゃ読むよね。目の前にこんな素晴らしい文章があるんだから。

 

でも読んだことは報告できても、あとは何て書けばいいんだ?という思いで一杯である。でも頑張って書いてみよう。

 

僕は、この本を読んでいる間中、彼が僕に話しかけてくれている風に感じていた。もちろん今までの作品もそうであった。他の読者で僕と同じように感じている人も多いのではないだろうか。つまり彼の言葉を借りれば彼はニール・ヤングなのである。松村雄策は、ニール・ヤングはコンサートで観客一人一人に向けて歌っているのだと昔書いていた。(ついでに言うとミック・ジャガーはそんな風には聴こえないとも書いていた)

 

松村雄策の文章を読んで感じるのは、つまりはそういうことである。読者一人一人に向けて自身の身を削って文章を書いているのである。それを何十年にも渡って続けてきた人なのだ。松村はビートルズが自身の人生を決めた、というようなことを書いた。そしてそれを実践し続けた。僕(達)は松村雄策によって自身の人生を決めた。それをはっきり決めたのが、僕の場合、「アビイロードからの裏通り」を初めて読んだ1981年11月17日火曜日のことだった。大袈裟じゃないよ。だって僕に向けて書いてるんだからこちらとしても覚悟を決めなきゃいけない。16歳の時だった。

 

それから約40年あまり、僕は今もロックミュージックに浸り続けている。生意気にもここ2年間は文章まで書くようになった。意識はそんなにしていなかったが、今この本を読んでみると僕は大分松村雄策の文章に影響を受けていると思った。何が?と言われると、ちょっとこっ恥ずかしくて書けないけどね。

 

 

そんな僕もここ数年(ロッキングオンを買わなくなってからだ)、いやもっとかな、松村雄策のリアルな文章には触れてこなかった(時々家にある彼の著作は読んでいた)。そして今、2010年代の彼の文章に触れることができた。相変わらずの松村節だった。当然である。松村雄策は何にも変わっちゃいないのだ。

 

 

 

 

そしてこの本の最後に収録されている2021年11月号で彼はこう書いている。ネタバレになるけど書いちゃうね。

 

「一年経って、ようやく原稿を書く気になった。というよりも、書かなければならないと、強く思った」

「1972年、21歳のときに、『ロッキングオン』の創刊に参加した。現在2021年、70歳になって、これからどうなるのかまったく分からない。あと1年でも2年でも、生きていくつもりでいる。しかし、これだけは分からない」

「とりあえず、長年の御愛顧を感謝して、読者に病状を伝えたいと思った。今迄、ありがとうございました」

「もうすぐ、ビートルズの『レット・イット・ビー』の、新しいヴァージョンが発表されるという。それを見なければ、死ぬに死ねない」

 

 

松村雄策はこの時点で僕達読者に「今迄ありがとうございました」と書いている。きっとこの原稿が最後になるということを知って(覚悟して)いたのだろう。そして、きっと「レット・イット・ビー」を見ることができたのだろう。最後に見た最新のビートルズが「レット・イット・ビー」か。それはとても幸せなことだと思う。松村雄策の人生はハッピーエンドだったのだと思う。僕が言うのもおこがましいが見事な生き様だった。こちらからも力を込めて言わせてもらおう。今迄、本当にありがとうございました。

 

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僕が松村雄策についての記事を書くのはこれで9回目だ。結構書いてるな。