「よぅ、渋谷。こっちに来たんか?一杯飲ろうぜ」

松村雄策は今頃天国で、渋谷陽一にこんな風に声をかけていることだろう。

 

 

今日の夕方、渋谷陽一が亡くなった(7月14日)ことを知った。享年74歳。彼については、記事に書いたことがあるので今日は詳しく書くつもりはない。

 

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hanami1294.hatenablog.com

 

この記事の中で僕が印象に残っていることとして、ラジオ「サウンドストリート」のジョン・レノン追悼の回を取り上げているが、勘違いしていたこともあった。

 

 

1曲目は「パワー・トゥ・ザ・ピープル」だったと思い込んでいたが、どうやら「アウト・ザ・ブルー」だったらしい。まあ45年前のことだし、どっちでもいいんだけどね。

 

 

 

下の写真は、去年JUNさんからもらったものだ。1976年の本だが、その頃(12歳)はまだ僕は「ロッキングオン」のことは知らなかった。3年後くらいかなあ、読み始めたのは。ギリギリ初期のロッキングオンの匂いがまだしていた頃だったと思う。



1976年12月号をペラペラめくっていたら、こんな写真もあったよ。マッキーかぁ(←松村雄策のことです)。すごいなぁ。



 

渋谷陽一は、松村雄策と違って(←そんなこと言っちゃ失礼か)ロックは進化するんだという考えのもと、常に新しい音楽を取り込んできた(はず)。それは、一線を退くことになるまで変わらなかったと思う。

 

 

松村雄策渋谷陽一も、そういう意味ではブレない人生を歩んだんじゃないかなあ。

 

 

悲しいことだが、人生の師匠がまた1人いなくなった。仕方のないことだが、生きている限りこれからも続くことでもある。ご冥福をお祈りします。

 

 

 

それでは。