「裸の王達」と「悪いひとたち」

先週は何だか気持ちの悪い1週間だった。心もそうだが、体もだ。煙草を吸いすぎたせいかもしれない。理由は2つ考えられる。

 

 

1つ目は、参議院選挙である。選挙の結果にはある程度そうなるだろうなという思いは持ったが、石破総理がまさか続投を宣言するとは思いもしなかった。はぁ?なんで辞めないの?という気持ちでいたら、何となく体が重くなった。しかも最近では、官邸前で「石破辞めるな」デモが開かれていると聞いて、またしてもはぁ?という気持ちになった。

 

 

このデモって誰が先導してるんだろう?もしかして左派の人?だったらもういい加減にしてくれと言いたい。左翼の運動好き(デモ好き)にはもうほとほと疲れた。百歩譲って暴動を起こすくらいならまだ少しは納得できるが、そんな根性もない人たちが集まってどうなるというのだろう(勿論僕には暴動に参加する根性はない)。

 

 

明日月曜日には何らかの進展があるのかな。でも、スピード感がないこの動きに右往左往するのはまっぴらごめんだ。今日から、自分のペースを取り戻さなければこの嫌な空気に取り込まれそうだ。

 

 

2つ目は、渋谷陽一の死である。前の記事は勢いで書いたが、どうやら彼の死は松村雄策の死と同じように僕の心を沈ませているようだ。YouTubeやらヤフーニュースやらで渋谷陽一の死を悼む動画や記事が散見されるが、ついついそれを見て、また気持ちが沈む、という日々だった。

 

 

そんな土曜日にふと観た番組が、「浜田省吾ライブスペシャル“僕と彼女と週末に”」だった。これは、浜田自身が構成して作った番組で、2011年に行われたライブコンサートを主軸に作られたものだ。

 

 

そこで聴いた「裸の王達」を聴いて、痛く感銘を受けた僕は、少し気が晴れた。だからサボっていたブログを書こうという気持ちになった。

 

 

 

“寒さに凍えてる者達に 木を切るなと誰が言えるだろう”

“飢えている者達に その土地を耕すなと誰が言えるだろう”

“俺達はまず 火と水と食糧を求めて森を切る”

“罪人を誰が裁ける”

 

“今夜お前はガソリンを燃やして 恋人の所へ向かう”

“情熱という名の車の 孤独という名の車輪を廻して”

 

“おろかな男達 権力にむらがり閉ざしていく未来への最後のドア”

“混乱と憎悪と暴力に満ちてるこの世界 祈りを銃弾に変え”

“壁は崩れ 溝は深まり 人を愛すにも命がけ”

“罪人を誰が裁ける”

 


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このコンサートの最初に、浜田は明治維新(黒船来航からだったかな?)からの歴史の流れを次々と大きなスクリーンに映し出した。これらの出来事の結果、今の俺たちがあるんだ、という意味を込めたかったのだろう。

 

 

そしてコンサートの(おそらく)中盤に歌ったのが「裸の王達」だった。この歌を聴いて思い出したのが、ブランキ―・ジェット・シティの「悪いひとたち」だった。

 

 

 

“悪いひとたちがやって来てみんなを殺した”

“理由なんて簡単さ そこに弱いひとたちがいたから”

“女達は犯され 老人と子供は燃やされた”

“若者は奴隷に 歯向かう者は一人残さず皮を剥がされた”

 

“悪いひとたちはその土地に家を建てて子供を生んだ”

“そして街ができ 鉄道が走り”

“悪いひとたちの子孫は増え続けた”

“山は削られ 川は死に ビルが建ちならび”

“求められたものは発明家と娼婦”

 


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2曲に共通していることは、今ここに自分がある(居る)のは、こういう歴史を辿ってきたんだという現状認識が淡々と描かれていることだ。

 

 

 

メインストリームにいた浜田省吾が、ここまで重い現状認識を歌にしたのは相当な決心が必要だったろう。ロック界で異彩を放っていたブランキーにしても、最初は「麻薬」という歌詞が引っかかって自主製作で発表せざるを得なかった。

 

 

最初の話に戻るが、このような現状認識を持った政治家が見られないことに苛立つ今日この頃である。こんなことを言うと、「お前は右か」或いは「お前は左か」或いは「右か左かハッキリさせろ」と言われるのが今の日本なんだろうな。

 

 

「俺は右でも左でもない。真ん中なんだわ」と(ブランキーの)ベンジーはかつて言った。僕も似たような考えである。以前、記事にも書いた記憶があるんだけどどんなタイトルだったかな?

 

hanami1294.hatenablog.com

 

 

昔、思いっきり組合色の強い同僚にベンジーと同じことを言ったら「真ん中なんてない」って断言されちゃったけどね。でも僕は、真ん中に細い細い道があると思いながら教員をしてきたつもりだ。今もその考えに変わりはない。

 

 

「裸の王達」を聴いて、浜田省吾が右だとか左だとか騒ぐ人は少ないだろう。少ないよね?僕の認識が甘いのかな?同じくブランキ―・ジェット・シティの「悪いひとたち」を聴いてベンジーは右だとか左だとか言う人は少ないと思うんだけどな。

 

 

さっきも書いたが、こういう認識を持った政治家があまりにも少ないのではないだろうか。そんな人が現れたら、少しは選挙も盛り上がるんじゃないかな?どうだろう。甘いかな。

 

 

 

それでは。