夏の終わりのせつなさ

9月が終わった。この時期はどうも駄目である。何が駄目かというと、風だ。夏の風が終わり、「秋の風になったなあ」と思った瞬間、胸がキュンとする。乙女じゃないんだから何が胸キュンだよと自分で突っ込んでしまうが、なかなかにせつない時期だ。今日は「夏の終わりのせつなさ」をテーマに書こう。

 

今も記憶に残る「せつない感じ」は高3の時のこの時期だ。高3時代のことは前に書いたことがあるが、とても楽しい時間を過ごし、思い出に残っている。その高3の夏に僕はある女の子に告白し、お付き合いを始めることになった。

 

しかし夏休み真っ最中なので、会う機会もない。会う機会なんか作ればいいのだが、どうやって作ればいいか分からなかった。そうして8月も終わろうとしていたある日、たまたま家のポストを見たら、僕への手紙が入っていた。彼女からだった。僕は早速封を開け、読んだ。「夏休みであんまり会えなかったけど、2学期よろしくね。私は面と向かって話すことは苦手だけど、手紙だと思ったことが書ける」などと書いてあった。お付き合いの始まりのアクションは彼女から起こしたわけだ。僕は早速お返事の手紙を書いた。そのやり取りは12月まで続くことになる。4か月で数え切れないほどやり取りをしたなあ。手紙のやり取りはたいがい学校の廊下でしていた。最初は友だちにからかわれて、少し恥ずかしかったけれどだんだん慣れてきた。時々手紙と一緒にクッキーもついてきた。

 

そして2学期の大きな行事のひとつに体育祭があった。僕は、友達に誘われて応援団に入ることになった。お前が応援団?という声が聞こえてくるが、自分でもそう思う。いくら友達に誘われたからといって応援団はないだろう。大体高2の体育祭は無断欠席したんだぞ。(ちなみに高2の卒業式も欠席した)まあ、とにかく何となくイケイケな心理状態だったので応援団に入ることになったのだが、大変だったなあ。まず、衣装作りをするっていうんで、下級生の誰に作ってもらうかが決まり、その子に挨拶をし、採寸してもらう。もうこれだけでいっぱいいっぱいになっていた。そして最初の練習の時にいきなり団長からダメ出しをくらった僕(達)は、少しシラケた。それでも何とか練習をこなし(今思うと考えられない)、当日も何とか頑張り(結果は「げべ」(最下位)だった)、彼女と一緒に記念写真も撮った(担任に無理矢理撮らせた)。体育祭が終わった後は、衣装を作ってくれた子にお礼の品を買わないといけない、っていうんで、帰国子女(この子も前に書いた)に頼み込み、一緒についてきてもらった。

 

付き合っていた彼女とは、主に手紙や電話で関わり、衣装を作ってくれた子とは、何だかんだ言って(衣装直し等いろいろ世話になったので)体育祭のお礼を渡すところまで関わり、帰国子女とは日常的に(同じクラスだった、しかもガンガンコミュニケートしてくるので)関わっていた。僕の人生の中でもベスト5に入るくらい女性との関わりが多い時期だった。ちょっと大げさかな?この一連の出来事の中で一番せつなく甘酸っぱかったのは、付き合っていた彼女と体育祭の後に写真を撮ったことだ。1枚しか撮らなかったが、2人並んで、しかも担任に撮ってもらった、その瞬間のことは今でも心に焼き付いている。

 

この時期のことでまず一番に思い出すのが今書いた高3の出来事である。

 

 

曲で「夏の終わりのせつなさ」というと、タイトルもそのものズバリのドアーズ「サマーズ・オールモスト・ゴーン」だろう。これは、意識して今の時期に聴くわけではないが、ふとした拍子にドアーズを聴くことになったら必ず聴く曲だ。それがいつの季節であっても、僕が体験した「夏の終わりのせつなさ」がぶゎ~と甦ってくる。

 

もうひとつ、というかもう1枚だけど思い出すのは、仲井戸麗市の初ソロデビュー作「The仲井戸麗市Book」である。なぜだろうと思い、調べてみると、なんと8月31日に発売されていた。そうだったのか。1985年のことである。その時僕は大学3回生だった。

 

チャボについては、「いい人」だということは大分前にふれたことがあるが(「いい人」の一言で収まらない大きな人だということは分かっているつもりだ)、作品について何か書いたことはない。何故だろう。相棒の清志郎のことは結構書いてきたんだけどな。アルバムはほとんど聴いている。麗蘭時代もチャボバンド時代もチェックしてきた。ところで僕の音楽の聴き方だが、1980年代から1993年くらいまでが、1枚のアルバムを最初から最後まで濃密に聴いていたように思う。その期間にチャボの初ソロアルバムを聴くことができたことは幸福だったと思う。1990年に発表されたセカンドソロアルバム「絵」も一生懸命(?)聴いていた。1993年以降は、気に入った曲だけを聴くようになってしまった。

 

「The仲井戸麗市Book」に話を戻そう。まず、RCサクセションのサイドマンとして確固たる地位を築いていたチャボが(ほんとに)ソロアルバムを出したことに驚いた。「ほんとに」と書いたのは、薄っすらと「チャボのソロアルバム、聴きてーな」と思っていたからだ。RCのアルバムに大体1曲入っていたチャボヴォーカルのナンバーに僕は痺れていた。しかし、「The仲井戸麗市Book」は全編イケイケのアルバムではなかった。1曲目の「別人」の歌詞から、すげ~、かっこいい!と思ったものだが、サウンドは少し内向的に感じた。その後も内向的だが攻撃的(この言葉が一番しっくりくる)なナンバーが続き、「これがチャボかぁ。かっこいいね!」と愛聴したものだ。僕のお気に入りは「別人」「カビ」「秘密」「打破」「早く帰りたいPARTⅡ」「月夜のハイウェイドライブ」「One night blues」だった。「ほとんど全部じゃないか」と言われそうだが、大事なナンバーを忘れていた。「さらば夏の日‘64AUG」である。インストナンバーは、当時の僕には「大人っぺー」曲だった。今聴くといいっすね。しみじみ聴いてしまう。この曲を聴いていたら麗蘭の「夏の色調」(1991)を聴きたくなってきた。

 

ああ、1990年2月21日に発表された「絵」のことも書きたくなってきた。でもまあ慌てず、冬になったらじっくり聴いて書くとしよう。

 

 

最後に彼のオリジナルソロアルバムだけを紹介しておこう。

 

1985年8月31日 The仲井戸麗市Book

1990年2月21日 絵

1993年2月 3日  DADA

1997年2月26日 GREAT SPIRIT

1999年1月27日 My R&R

2002年10月9日 TIME    ←チャボの誕生日

2015年9月16日 CHABO

 

夏の終わりと冬真っ只中に集中している。それにしてもアルバム「CHABO」から6年も経っているんだ。