hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

冬眠日記その56 ~初めてのアパート暮らしの巻~

僕はアパートに4回、借家に1回住んだことがある。と書くと多いと思われるだろうか?いや、引っ越しをしている人はもっとしているか。

 

初めてアパートというものに住んだのは、大学1年の夏のことだった。4月に入学して4か月は自宅から電車で通学していた。そしてせっせと学習塾のバイトに励んでいた。心の中では、もう家を早く出て一人暮らしを始めたい気持ちで一杯だった。自由、という言葉が頭の中を駆け巡っていた。同じ高校の友だちは既に下宿暮らしを始めていたから尚更僕も、という気持ちになっていたのかもしれない。首尾よく必要なお金を貯めた僕は早速両親にアパート暮らしをすることを切り出した。いつものように母親は否定的だったし、父親は好きにしろという態度だった。僕は不動産屋を友達に紹介してもらい、繁華街から歩いて数分のところの物件を見つけた。敷金や礼金なんかよく分からないまま、とにかく契約して、さっさと引っ越した。どうやって引っ越ししたのかはよく覚えていない。

 

今で言うと何になるんだろう。2Kかな?エアコンは勿論ないし、風呂もない。玄関は共同だ。当時そんなことは当たり前だったように思う。今、こんなところはあるのかな?このアパートに来て荷物が大体落ち着いて最初にしたことは、ストアに行っての買い出しだったように思う。そこでごみ箱を買い(持ってくるのを忘れた)、食材を買ったことはよく覚えている。日差しの強い夏の日だった。家に帰った僕はよく分からないまま買った食材を適当に選び、生まれて初めて野菜炒めを作った。野菜を炒めるだけだったのに胸が躍ったし、その美味しくなさ(?)までもワクワクした。

 

この僕の部屋に入った人はちょうど両手で数えられる。男子5人、女子5人だ。大学生活に突入したばかりだというのに狭い人間関係だ。男子5人は高校の同級生とバンドのメンバー4人だ。同級生は毎日のように来ていた。何であんなに時間があったんだろう。そして生産性のない話ばかり(「あー、彼女ほしいな」とか「あの子、良くない?」とか)していた。バンドのメンバーはリーダーのJUNさんが時折来るくらいだった。しかしある夜、そう、もうすぐライヴをやるという頃、突然4人がやって来て、これから衣装を作るから、となった。突然じゃなかったかもしれない。前もって知らされていたかな。でもどっちにしても僕は本気にしていなかった。それが本気だと分かったのはメンバー4人が白衣を持って訪れたからだ。

 

白衣にペンキで思い思いに色を塗るという。理科の実験で先生が着ているような白衣だ。そう言えばそんな話を練習の合間にしていたかもしれない。まあ、俺はドラムだし、後ろにいるから描かなくてもいいや、と思ってメンバーが楽しそうにペンキを塗りたくっているのを眺めていた。4人が終わると次はhanamiの番だよと言う。いやいや僕はいいです、と言ったが「何を訳の分からないことを言っているんだ」と窘められたので、渋々ペンキを塗ることにした。こんなことならさっき考えておけばよかった。僕に絵のセンスがないのがバレる。しかし躊躇っている場合じゃない。みんな興味津々な顔で僕の様子を見ている(ような気がした)。

 

僕は黒のペンキを筆につけた。そして適当に白衣に塗りたくった。うん?なかなかいいじゃないか。おどろおどろしい感じがする。ちょっと赤を足してみるか。僕は赤いペンキを筆に擦り付け、白衣にパッと散らした。おおっ。まるで殺人者みたいだ。メンバーは笑いながら「人を殺してきたみたいだ」と言ってくれた。やっぱりそう思う?じゃあ、ちょっとポップな感じも出すか、と思い、黄色を一部散らしてみた。うん、これでいいや。完成。メンバーもこれで許してくれた。

 

この自家製白衣を着て(白衣の下は黒地に赤ででっかくSと書かれたスターリンTシャツ、下は黒のスリムのジーンズ。これもおどろおどろしかった)、人生初のライヴハウス出演を果たしたのだった。お客さんには変な白衣を着たバンドだな、思われたかもしれない。VAVAN V4という名前のライヴハウスだった。このライヴハウスは今もある。衣装作りは手作り感満載で楽しかったな。この白衣はしばらくアパートの壁に飾っておいたような気がする。

 

女子5人は、高校時代に付き合っていた子と、高校時代仲良くしてくれていた子の2人(これについては前に書いたことがある)、あとの3人は大学時代に知り合った子だった。あとの3人のことは書いたことがない。どうしよう。やっぱり書かないでおこう。そうだなあ、あの頃の僕は性欲まみれの初心な18、19才だった、ということだけは書いておかなきゃな。

 

ここには何年いたんだろう?2年ほどかな。

 

ある日、気づいたら他の部屋には誰もいなくなっていた。アパートを取り壊すのだそうだ。僕のところには何の知らせもなかっただけに、そして結構この部屋を気に入っていただけに衝撃を受けた。でもそんなことより、次の住処探しだ。僕は友人に相談したところ、次の日「hanami、1軒家でもいい?」と聞かれたので「もちろん」と即答して連れて行ってもらった。そこには大学を卒業するまでの3年ほど住むことになった。この家のことは今でも思い出すし、写真もたくさんある。

 

 

1つ目のアパートの話で終わっちゃった。もうすこし続けたいな。しかし40年近く前のことをよく思い出したものだ。昨年末のリモート飲み会でJUNさんに「このままの調子でブログを続けているとhanamiの一生が分かっちゃうね」と言われた。今年に入って「昔の思い出話シリーズ」は影を潜めていたが、昨日カレーを作っていた時に突然思い出した。記憶って怖いね。僕の脳みその中にあとどれくらい人に言えることが入っているんだろう。