朝、ホテルをチェックアウトした僕たちは、バスターミナルへ向かった。そう、まだ彼女と一緒だったのだ。「ホーチミンに戻るの?じゃあ一緒に行こう」と言われた僕は、お察しの通り言われるがままだった。バスを見つけて乗り込むと、ガイドさん役らしきおばさんが、「ツーリストはここだよ」と指さした。一番前だった。やった、これでいろいろ景色が見られる、と思ったがの大間違いだった。
アジア諸国の交通モラルの低さはそれなりに体験していたが、今回は酷かった。「ああ、もうダメだ。対向車とぶつかる」と何度思ったことか。旅慣れているはずの彼女も「結構きわどい運転するね」と驚いていた。このバスに約半日乗ってホーチミンに着くわけだが、さすがの僕も喋らないわけにはいかない。学校でのいろいろなことを話したが特に彼女が興味を示したのが、場面緘黙児のことだった。当時担任していたクラスにいたその子に僕が何か言ったら(残念ながら何を言ったのか覚えていない)、大泣きし始めた、というエピソードにキラリと目を光らせた彼女は何かコメントした(これも何を言ったのか残念ながら覚えていない。肯定的な言葉だったことは記憶している)
やっとホーチミンに着いた。これで一人になれる、はずだった。彼女は「お互い泊まるところが決まったら夕飯を一緒に食べない?おいしいところ知っているから。私の知り合いも交えて」と言った。勿論僕は頷いた。行ったところが日本食レスランだったので、有難かった。そこで会った彼女の知り合いはとても優しく、料理も美味しく(当時としては破格のおいしさだった)、僕はリラックスできた。店を出たら彼女が「長い間一緒だったね。ありがとう。元気でね」と手を差し出してきた。僕は感謝を込めて彼女の手を握った。
何日ぶりの一人の時間だろう。そのホテルは夜かなり騒がしいホテルだったがそれでも僕は一人を満喫していた。その後はいろいろなツアー(ベトナム戦争時に地下に作った家ツアーとか)に一人で参加して旅を終え帰国した。
しかし、話はまだ終わらなかった。
(続く)