「ギターをどう弾けるようになりたいか」考えてみる

今日は洋服の断捨離をした。断捨離するぞ、と決意したら思いっ切りよくいくタイプなので、バンバン袋に詰めていった。やはりいいですな、断捨離は。気持ちがスカッとするぜ。

 

 

というわけで今日は僕自身、どういうつもりでギターを弾いていきたいか、を考えていこうと思う。結論が出たらいいな。今日はトホホ日記なんて言ってられない。

 

そもそもどうしてこういう記事を書こうと思ったのかというと、先日記事に「僕は音符を読むことが苦手でつい自分の都合のいいように弾いてしまう」と書いたことに対して達兄ぃがとても丁寧で心のこもったコメントを書いてくれたからだ。

 

達兄ぃは僕の「音符が苦手」「自分の都合よく弾く」という言葉に対して「それはあなたが『どう弾けるようになりたいか』で決まる」と言っている。

 

 

全くその通りである。

 

 

そして「大体『自分に都合のいいほうで演奏する』っていうのは、自分の弾けるやり方で弾く、つまり苦手なリズムや弾き方を(無意識に)避けてるってこと」「つまり苦手な奏法を習得する機会を自ら失っている」ということだと述べている。

 

 

ぐうの音も出ない。

 

 

ただ演奏できないパターンがあっても全然かまわないとしながらも、「趣味なんだから何となくそれっぽく聴こえればそれでいい、となるなら譜面通りに弾くことはないし、『こういったリズムや弾き方が演奏したい』っていうんなら、そこは修正した方がいい」と言う。

 

 

僕は一体どうしたいのだろうか。

 

 

そもそも僕がアコースティックギターを習い始めたのは、自分が聴いてきたロックの名曲がどんなコード進行で作られているのかを知りたかったことが第一の目的だった(その時は路上で歌おうなんてこれっぽっちも思っていなかった)。勿論それを習って弾ければそれに越したことはないが、弾けないならそれもまた仕方のないことだ、こんなコード進行だったんだ、と分かればいい、と思っていた。

 

しかし、時は流れ、エレキギターを買いたいな、と思った時(一昨年)は「それなりに指を動かして単音弾きができればいいな」と思っていた。その後、半年ほどしてギター教室に入ったんだけど、その時先生には「ロックの名曲のリフを習いたい」「ミュートが難しい」「右手に力がはいってしまう」ということを伝えた。単音弾きはどっかにいっていた。

 

しかし、段々ストレスが溜まってきてそのことを記事に書いたら、その時も達兄ぃが「先生にはっきり言え」と言われて、ハッとしたんだった。

 

 

で、今はセックス・ピストルズというパンクの代名詞とも言えるバンドの曲のコピーをしている。僕が今一番したいことは、彼らの曲の頭から最後まで弾き切るということだ。そこに迷いはない。それは言ってみればコードカッティングをしっかりマスターするということになる。大体ポジションも上手く覚えられないんだから。だからソロの練習はまだ要らないな、ということがハッキリした。これがまず一点。

 

 

次はそのコード弾きだが、前の「ホリデイズ・イン・ザ・サン」のイントロがあまりにも自分の聴いてきた感じと異なる部分があったが、その違和感を飲み込んで練習してきた。しかし原曲を何度も聴いてみたが、そう(先生が言うように)弾いているような、いやもっと簡単じゃないか?と思うような何とも言えない割り切れなさを感じていた。結局先生の言う通りに弾くことを自分に強いて、その結果何となく自分の体の中に入っていった感触を持つことになった。(でもまだ違和感は持っている)

 

今弾いている「ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン」は最初のパターンは弾けるのだが、2題目から微妙に弾き方が違う。これも原曲を聴いたが、今度はその違いが分からない、っていうんで最初のパターンを弾いてればいいんじゃないか?という気持ちがむくむくと湧いてきた。そのことを記事に書いたんだと思う。

 

 

要は思っていることをハッキリ先生に伝えろよっていう話だ。それを怠っていると言われればそうとしか言えない。あー恥ずかしい。何かを習うという以前に誰かと言葉のキャッチボールができないってことである。相変わらず自分のギターの音はよく聴こえないし、そのことも言えていない。

 

 

まあ、再び先生に自分の考えを伝えるという宿題ができたということだ。僕は自分の言いたいことを今書き留められているだろうか。達兄ぃのコメントはまだ続く。

 

 

達兄ぃはピアノのレッスンを受ける前に「譜面通りにピアノを弾けるようになりたいのではない。コード譜を見て、自分でアレンジできるようになるのが最終ゴールなんで、譜面きっちりというレッスンはしないで下さい」と最初にお願いしたそうだ。

 

でもこれ普通の人が言えるものなのかなぁ。とも思った。達兄ぃだからこそ言えるっていう側面はないだろうか?などと人のせいにしている場合ではないか。

 

最後にはこうコメントしてくれている。「自分の中で『これは譜面通りにやれるようになりたい』と思うか、『何となく雰囲気が出てればそれでOK』かの判断を自身でなさって、譜面通りが不要と思ったら、そう先生に伝えれば良いかと」と。

 

 

更に最後の最後に「もし、先生が譜面通りに弾く必要性を説いたら、それをhanamiさんが納得出来れば受け入れれば良いし、『いや、要らん』と思えば『そこまでやるつもりはない』と言えばよい」という言葉で締めくくられていた。

 

 

うーん、先生に言う自信なくなってきたな。

 

 

でも僕のこんなしょうもないことに真摯にコメントしてくれている達兄ぃに感謝の気持ちを伝えなければ。そして行動しなければ。

 

 

達兄ぃ、ありがとう。今度のレッスン(4月2日)の後の記事を待っててくださ~い。

 

 

でも音符は読めるに越したことはないのはハッキリしている。弾けるかどうかは別として。