「その年で教頭先生は異動した。4年目は、自分が頑張るしかないんだと思いながら仕事をしてきたよ。あんな体験をさせてくれた教頭先生がいなくなったからといって、今までの俺に戻るなんて考えられなかった。でも1学期でついにガソリン切れの車は止まってしまったんだ。なんとか1学期を終えた俺は、夏休みを病休した。そして、結果的には2学期も病休することになったんだ。セカンドオピニオンを求めた俺は、医者から『あなたは双極性障害です。』と言われた。躁鬱病のことだよ。『あなたは頑張りすぎたんだよね。その後ドーンと気持ちが落ちる。』って。そこからおれの精神疾患との付き合いが始まった。今もそうだよ。眠剤なしでは眠れないんだ。」
「と同時に、俺の、何て言うんだろう、『傲慢さ』が頭をもたげてきたんだ。」
「どういうこと?」
「学校研究の話になると、夢中になってしまい、必ず意見するようになったんだ。しかも強い調子で。テレビの討論番組でよくいるだろ?強い口調でまず否定から入る人が。あんな感じになったんだ。きっと周りの職員は俺のことを苦々しく思っていたはずだよ。」
「つまり、あなたの教員人生の前半は、他の先生と違ったことをすることで自己確認をしつつ周りから認めてもらいたがっていた。でもその後得難い3年間を過ごし、それによっていい授業を目指す、教育者としての王道を歩もうとする先生になったってことね。それで、教頭先生がいなくなってもずっと頑張ってきて病気になり傲慢にもなった。そう言いたいのね。」
「短く言うと。そうなるかな。」
「路上ライブのことは?」
「ああ、そう言えば後で言うって言ってたな。一緒に音楽を作った同僚と、『やる?』って話になって始めたんだ。でもスケジュールを合わせるのが大変になってきてじゃあ一人でやっちゃおうってなったわけ。初めて駅前でやった時の恥ずかしさっていったらなかったな。今でもしっかり覚えているよ。何回やってもギターケースを開いてギターを出し、構えるまでが恥ずかしかったよ。それでも仕事が終わった夜、駅前でやっていたんだ。そこでミチロウのライブで学んだことを活かせたよ。ギターの弦は切れてもそのまま演奏する。歌詞を忘れても構わずに突き進む。どんどん俺はいい意味で図々しくなってきた。それは授業にも大いに活かされたよ。特に研究授業の時は緊張しなくなったな。授業をしながら参観している先生のことも見られるくらい余裕を持って授業ができるようになったからね。話を路上ライブに戻すけど、思い知らされたのは、歌い手っていうのは、歌う動機がないと声に説得力がでないってことだな。ライブで歌っていた曲を録音して聞いてみて俺の声には歌う動機が感じられないって思ったよ。だからそれこそ、清志郞やジョンには、強烈に歌う動機があったってことだよな。」
「どれくらい続けていたの。」
「1年以上かな。多い時には週に3回も4回も駅に行っていたよ。」
「興味深いわ。」
「何が?」
「いろいろなことに欺瞞を感じる『俺』と王道を歩もうとしている『俺』とのバランスの悪さ。『俺』が昨日言っていた、右翼と左翼の間の細い道と、教育の王道がどうも重ならないのよね。」
チアイはそう言って、ふわふわと宙を舞い始めた。
「何してるの?」
「考え事。邪魔しないで。」
ふぅ。一体何を考えるというのだろう。いいじゃないか。私の歩む道のことなんて。
でも何やかんやいってこんなに自分のことを語ったのは初めてだ。自分がどういう教員人生を送ってきたのかも改めて知ることができた。
「ねえ。これからちょっと神様のところに行ってくるわ。」
「俺のことについての相談?」
「まあね。いつかまたあなたのところへ来るわ。必ずよ。」
「いつ頃になるかな。」
「それは分からない。」
「期待しないで待ってるよ。とにかくこの2日間は楽しかった。ありがとう。」
「どういたしまして。」
チアイはフッと消えていなくなった。なんだ、そんなこともできるんだ。