hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

400-チアイとの会話Ⅰ-最後

「あなたが授業で気をつけていることって何?」


「まず声だな。声質というかトーンというか。それと話す時の間。俺は、声と間で子ども達を制圧しているんだ。」
「制圧。」
「うん。制圧って言うと、何だか威圧的に聞こえるけれど、この人の言うことは聞かなければいけないと思わせる人間力のことだよ。声と間で圧倒的な存在感を見せつけるんだ。授業を見ていて分かっただろ?落ち着いた口調だけど、この人は懐に刀を忍ばせていて、必要ならいつでも鞘から抜くって雰囲気を出していたのを。」
「うん。分かった。確かに声と間って大事よね。」


「次は、子どもの発言を、自分の都合のいいように言い換えないこと。それは、こちらの思惑通りに授業を進めるってことになるからね。子どものどんな発言にも対応して授業が出来るようになりたいもんだと常日頃から思っているよ。」
「あとは、『なので』と『基本、~』っていう言い方をしないこと。別に正しい日本語を使うってわけじゃないけど、この2つはどうも好きになれないんだ。」
「確かに教育現場でも使っているわね。」
「うん。管理職もばんばん使っているよ。ところで、チアイ、君はなぜ、俺の家に来たの?そもそもそこからわけが分かんないんだけど。」


しばらく私を見てチアイはこう言った。


「あなたはとても疲れている。そして悲しんでいる。だから心にぽっかり大きな穴が空いている。」
「何だよ、突然。たとえそうだとしても毎日何とか生きてるよ。」
「指令が下ったの。あなたを何とかしてこいって。」
「誰から。」
「神様よ。先生専門の神様。とても心配してたわよ。」
「そりゃどうも。でもそれと授業と何か関係があるの?」


「私は、たくさんの先生達の授業を見てきたけれど、あなたはとても授業にこだわっている人だわ。何て言うのかなぁ、いい授業をしたいと思い続けている人だわ。今の話を聞いてもよく分かった。そのあなたから、授業を取ったら何も残らないじゃない。今授業ができなくてつらいんじゃないの?」
「そんなことない。音楽を聴いたり読書をしたりして心穏やかに過ごしているよ。」
私は少し嘘をつきながら答えた。


「そういうんじゃなくて。生きていく上でなくてはならないもの。あなたは人を好きになりたいっていう気持ちをずっと持ってる。でも今好きな人はいる?いないでしょ?それは私の力ではどうにもできない。今のあなたを支えているのは授業をすることよ。それは私にも協力できることだわ。でもさっきも言ったようにあなたはとても疲れているし、悲しんでいる。その結果、今は学校を休まざるを得ない状況に陥っている。このままでいいの?いいと思ってないから、さっきのように『ふぅ。』ってため息をつくのよ。そして浴びるほどお酒を飲む。」


私は黙って聞いていた。その通りだからだ。
「それで?あと話すことはある?」
「あなたのことをもっと知りたい。あなたの授業はとても素敵だった。どうしてああいう授業ができるようになったかを話して。あなたの疲れや悲しみがどこから来たのか分かるかもしれない。」
「俺の今までの教員生活を話せっていうの?」
「そう。私はとても興味があるけどな。あなたのこれまでの教員人生。」
「ふぅ。」

今日2回目のため息だ。でも、うん、今までのことを振り返る事なんてなかったな。喋ってみるか。何だかチアイのペースにはまっているような気もするけど。