400-過去①

「じゃあチアイ、質問があったら、口をはさんでもいいからね。喋ってみるよ。」
チアイは黙って私の目を見て頷いた。

「まず、教員になる前の話から始めるね。俺は、ロックミュージックと本とプロレス・格闘技観戦から物の見方や考え方を学んできた。具体的に言うと、忌野清志郎の歌詞や松村雄策のロック評論、アントニオ猪木前田日明の戦い方を見て、自分というものを形成していったんだ。彼らは何かに立ち向かっていた。忌野清志郎はレコード会社に、松村雄策は他のロック評論に、前田日明アントニオ猪木や世間に。そういう姿勢にものすごく影響を受けたんだ。よく趣味は?って聞かれることがあるけど、今言ったものは趣味じゃないんだ。もっともっとかけがえのないものだ。聞かれた時はしょうがないので趣味は読書ですって答えてたけどね。大学時代はロックバンドにも参加していたし、プロレスや格闘技について話す友達もいた。ところが、俺が留年したということもあって、今まで話をしていた人達が大学を卒業して自分の周りからいなくなったんだ。すごい喪失感だったよ。その1年は。」


「そして大学を卒業してから、小学校の講師になったんだ。大学は教育学部だったんだけど教員採用試験には落ちていたからね。ここで初めて社会に出るわけだ。つまりは組織の一員になるってことだ。今言ったように主にロックミュージックを通して物の見方考え方を培ってきた俺が学校という社会に飛び込んでいった。そうするとこれはおかしい!と感じることをたくさん目の当たりにするようになった。例えば、他の先生の授業を見ると、子どもが発言して、その後他の子ども達が『いいです。』とか『分かりました。』って言っているわけだ。まあ先生が言わせているわけだけど。俺は『何がいいですなんだ、分かりましたなんだ。いいですとか分かりましたって言って、それですませているだけじゃないか。それを言っている子ども達は何も考えてないんじゃないか。』って思った。ところが他の先生は、『いいです。』や『分かりました。』に違和感を抱かないんだな。『いいです。』や『分かりました。』と子ども達に言わせることは当時の教育界では当たり前のことでおかしくもなんともなかったんだな。そして最近のはやりは、相槌を打つことだ。友だちが発言すると『はぁ~』とか『うんうん』って言ってるわけ。これもさっきと同じで、それを言っていればいいって思っている子、つまり考えていない子はたくさんいると思うよ。」


「つまり、今も昔も授業は変わっていないってこと?」

「うん。もちろんいろいろな改革はされているけど、授業のやり方でいうと旧態依然としているところはたくさんあると思う。こういう時、俺の中のジョン・レノンや忌野清志郎達が『これはおかしい。』って囁くんだ。」