400-過去②

「学校にはそんなことがいっぱいあった。もう一つ例を挙げると、学級会でする多数決だ。ろくに話し合いもしないで、すぐ多数決を採る。結局声の大きい子の望んだものに決まるんだ。もしその子の意に沿わないものに決まったら、必ずごねてもう1回多数決をすることも多々あったよ。だから俺は教諭になって2年目の時だったかな、『多数決は嫌いだ』って子どもに言ったことがある。話し合いも十分できてないのにすぐ多数決をする、そんなのは嫌いだなって言った。後日譚だけど、家庭訪問をした際に保護者からそのことを指摘され、『私も先生の考えに賛成です。』って言われたよ。この多数決のやり方は、先生達の中には俺と同じように『なんだかなあ。』って思っていた人もいたけれど、何の問題意識も持たない先生の方が圧倒的に多かった。もし俺が前田日明松村雄策だったら、こんな決め方をそのままにしておくか?って考えちゃうんだ。」


「あなたは最初から他の先生達とは感じ方が違っていたのね。他の先生と違う感覚で仕事をしていたのね。」


「そう、なるかな。」


「あとは、組合の話かな。当時この地域は、教職員組合、いわゆる日教組の力が強かった。俺は組合のやり方が嫌いだった。例えば4月1日、今年度最初の職員会議で主任制に反対して会議が膠着してその場の雰囲気が悪くなったり、君が代に反対して式でのピアノ演奏を誰にするかで揉めたりするんだ。組合に入っている先生曰く、「言っていかなきゃどんどん私達の権利が奪い取られる。」と言うんだ。言うべきことは言わなければいけないとは俺も思うよ。でも何だろう、出来レースみたいに感じていたんだ。結論は分かっていることに対してただ反対するのは建設的ではないと俺は思う。そして組合のやり方が嫌いだと言ったけど胡散臭いもの、つまり欺瞞も感じていた。だって、教諭の時あんなに主任制や君が代のことで管理職に噛みついていた人が、年をとってから管理職になるんだよ。信頼している先輩に、この疑問をぶつけてみても、『仕事ができる人が組合でも重要なポストにつく。そしてそんな人が管理職にならないと、組合に対応出来ないだろう?』って言われたよ。正直言うとがっかりしたよ。これが大人の論理か、って思った。そしてもしそれが大人ってものなら俺は大人にはならなくていいって決心した。例え職場で一人ぼっちになったとしてもね。実際俺は一人だった。9割以上の人が組合員だったからね。そんな時、オルグってものがあったんだ。ある日、同僚の先輩に呼ばれて他校から来た組合の偉い人に話をされるんだ。要は組合に加入しなさいってことなんだけど。その人は『今の年休や産前産後休暇は、僕達の先輩達が戦って勝ち取ってきたものである。』『その権利を今僕達は使わせてもらっている』と言い、『僕達の仲間にならないか。』って言ったんだ。組合員は同じ組合員のことを『仲間』って言うんだ。組合に入っていない人は、『未組』だ。『未組』だよ。馬鹿にした言い方じゃないか。だから俺は、『今の状態では、僕はみなさんの仲間ではないってことですか?』って言ってやったんだ。その人が困るって分かっていて言ったんだけどね。やはりその人は上手く答えられなかった。」
「でも俺は、組合の欺瞞について言語化することができなかった。だから、よく本屋に行って関係ありそうな本を探したよ。それで、村上龍や、井沢元彦橋爪大三郎と出会った。今ではスマホで『日教組 欺瞞』で検索すると山ほど出てくるけどね。教職員組合と一般の会社の労働組合との違いは、思想性があるところだ。会社の労組は、自分達の待遇改善のために闘う。それは別にいいんだ。俺も勧誘されたら入るかもしれない。でも日教組は待遇改善だけじゃない。俺はそこにひっかかっていたんだ。教職員組合にはスローガンがあって、『教え子を再び戦場に送るな。青年よ再び銃を取るな』っていうものだった。つまり反戦思想だ。だから6年生の歴史の勉強で、組合活動に熱心な先生は、太平洋戦争のところにやたらと時間をかけて、戦争はいけないってことを子ども達に刷り込んでいた。でも俺は、村上龍を読んで学んだんだ。彼は『愛と幻想のファシズム』の中で主人公に『過去の政治形態は歴史です。歴史にモラルはないでしょう。いい歴史とか悪い歴史とかはない。』って言わせていた。ところが、組合はそう考えない。モラリスティックに歴史を見て、太平洋戦争のことを『あの戦争』って憎しみを込めて言うんだ。あの戦争は間違いだって言うんだ。でも、戦争はいけないことだと言っておきながら、現実はアメリカに守られているのがこの国の現状だ。これもさっきの管理職の話と同じでシンプルな話じゃない?自分の家族が襲われたらどうするんだ?武器を取って闘わないのか?って思う。それから井沢元彦が示唆したように、本来なら『敗戦』と言うべき事態を『終戦』と言ってごまかすところにも欺瞞を感じるよ。。これは、組合の人に限ったことではないけどね。だから、俺はオルグの時に、こう言うべきだったんだ。『日教組には日教組の思想ってものがありますよね。』『思想にいい悪いはあるんですか?』『あるとしたら、あなた達の思想はいい思想なんですか?』ってね。どうも組合の話になるとムキになる傾向にあるな。俺は。でもこれって、他のことにも当てはまることだと思うんだ。日本人の考え方の癖っていうか。」


「俺は、左翼と右翼の間にとてもとても細い道があってその道をバランスをとりながら歩いて行きたい。そんなイメージを持って仕事をしていたんだ。」
「あとは、橋爪大三郎だけど、『民主主義は最高の政治制度である』っていう本を読んで、多数決の在り方を学んだ。みんなよく『少数意見を大事にしましょう。』って言うけど、言うだけで、後はそのまま話題にものぼらないことがほとんどだ。そうじゃなくて、少数意見を大事にするべきだっていう事は、多数決で決めたことが間違いだという可能性もあるってことなんだ。間違いだと気づいたときに、話し合いの中で出た少数意見を採り上げるのも一つの方法だっていう意味なんだ。だから、話し合いを記録する書記が必要になってくる。どんな話し合いがなされたかを見直すためにね。」