「名言」(正確には名文)

「多数決にしないと物事が決まらないということは分かっているけど、反対と賛成の中でどちらが正しいとかこっちが多いからこっちが正しいとか、あちらが少ないから間違っているとかはないと思った。」

 

「賛成と反対の間にみんなが納得のいくものが生まれればそれでいいと思う。少数も多数も正しいとかまちがっているとか誰も分からないし、そんなんでえらいとか悪いとか決めるのはちがう。」

 

「そう思うから同じ意見の人(同士)が言っても話し合いとかの意味はないと思うから、みんなと違う意見の人も入れて話し合ってこそ「話し合い」だと思うだからといって、賛成と反対の間にできた新しいものが正しいわけでもない。みんなが納得した意見が選ばれるということが話し合いのゴールだと思う。」

 

 

上の文はこの前と同じように五味太郎の「じょうぶな頭とかしこい体になるために」を使って6年1組で授業した時(「多数決で決めちゃうってへんだよ」についての自分の考えを書く)に児童が書いたものである。この児童は自分の考えを図式化して分かりやすく伝えようともしていた。

 

この児童の他に6人の児童の文章を選んで読んでいったのだが、上の文章を読んだ後にみんなから「おお~」っという声が上がった。よかった。ちゃんと中身を受け取ることができる児童がたくさんいて、と思った。

 

その後、7人の児童にコメントを書いてごらんと言って書かせたら、一言「名言」と書いてある児童がいたので今日のタイトルとして使わせてもらうことにした。以下この文章に対するコメントを書いてみると・・・

 

・話し合ってて他の意見が出るということもあるし、どんな少数であれその意見だけが正しいというわけじゃないと分かった。

 ・話し合いのゴールに共感した!たしかに異なる意見の人と話したら考えが深まると思う。

 ・名言ですね。小説書けると思うぜ。だから自分もこのことを頭に入れてこれから生きていきたい。

 ・どんな考えの人でも納得できる意見だと思う。いろんな意見を尊重し合うということはまさにこういうことだと思った。

 ・私の意見よりもずっとずっとずっとくわしくてとても納得しました。

 ・「名言」

 ・何が正しいというわけではなく、全員が納得するものにするという意見には大賛成だ。

 ・話し合っても答えが出ないんだったら、新しい答えを出していくこと、そして新しい答えを出す。

 ・多数決がどうとか以外にも、だからどうすればいいのか結論を述べていることが特に素晴らしいと思った。ぼくはその結論に納得している。ぼくは、もうもはやこの文章が話し合いのゴールにたどりついていると思った。

 ・多数派も少数派も合っているいるかが分からないし、その間に出た意見もあっているかは分からないから、最終的にみんなが納得した意見にするというところが納得できる。そして多数がいい、少数がダメということがないというところには共感できる。

 ・とても詳しく書いてあったのであなた!説得力ありますね。

 ・すばらしい!

 ・多数決で賛成か反対かどちらにも否定していない話し方をしているのでいいと思った。

 

 

クラス30人中13人がコメントをしている。これだけの児童がコメントしているんだからよしとするべきか。

 

この児童はまず、多数決には、ともすれば「正しい正しくない」「えらいえらくない」「いい悪い」という尺度が混入することに疑問を呈している。そのことに対して他の児童からも賛同を得ている。

 

次に「話し合い」について言及している。そして「ゴール」はこういう形じゃないかと提言している。

 

こういう同級生の文章を読むことが他の児童にも刺激になるといいのだが。

 

最後に五味太郎はどう答えているか。ダイジェストで紹介しよう(結構力を入れて書いているので前半は省略します)

 

 

多数決という方法を用いるのは、多数側ではなかった人々(少数側、たったひとりという場合もあり)にも、そう害はないと思えるような事がらを決定する場合に限られます。

 

決定した内容について、賛成賛同しなかった少数の人がとても困る、とても不利になるといったような事がらに対しては、多数決という方法は使えません。

 

みんなの意見をとりまとめて、ひとつの結論が出せる内容の時だけ多数決という方法が使えます。結論が出せないような内容のときは、出るまで話し合います。話し合いが行き詰ったから多数決というのは最悪です。乱暴すぎます。危険です。

 

話し合いが行き詰ったら、さらに頭を冷やして話し合わなくてはなりません。行き詰まっても行き詰まっても、ていねいに続けなければなりません。

 

それは多分、相当重要な問題にちがいないからです。まとめようがないほど色々な意見があるからです。まとめてひとつの結論を出してはいけない問題なのかもしれませんから。