hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

うれしかった

今日の算数の時間のことである。

 

180°以上の角度(220°)を測る時にどうすればいいのかという学習だった。
問題を提示した時、みんな無反応で、きょとんとしていた。
「今までと何が違うの?」「何にみんなは困っているの?」と問いかけても反応がない。

 

すると、ある児童が手を挙げて、「(辺が)下にいっている」と言った。一瞬戸惑ったがすぐに彼の言っていることが分かり、「なるほどね~。みんな〇〇さんの気持ち、分かる?」と言っても反応がないので、これは我慢のしどころだと思い、じっと待った。するとようやく数人が挙手をした。しかし僕はまだ手を挙げていない児童に「他の人にまかせていいの?」と詰め寄った(僕は授業の時はSなのだ)。ようやく半数以上の児童が挙手をしたので、「じゃあ廊下に出て意見交流をしなさい。」と指示をした。さすがに教室に残された児童も焦り出し、必死で考えて、結局全員が挙手をしたので、廊下にいた児童を教室に戻し、「じゃあ、思っていることを言ってごらん」と言って、「分度器で測れない」「180°以上ある」「180°のところに線を引いて下の部分を分度器で測ればいい」などという発言が続き、問題は解決した。

 

授業が終わってみんなが少人数の教室から自分の教室へ戻っていった。「ふぅ。何とか終わったな」と思っていると、次の時間の児童たちが教室に入ってきた。

 

その時、さっき「(辺が)下にいっている」と発言した児童がわざわざ自分の教室から戻ってきて、「先生、今日の勉強、楽しかったよ」と声をかけてくれた。

 

その児童は、板書をノートに書き写すことも困難な児童で、いわゆる、非常に手のかかる子だった。その子がこんな風に声をかけてくれたことに、僕は何と言えばいいんだろう、じわじわうれしさがこみあげてきた。

 

後で司書の先生がちょうど廊下で意見交流をしていた時の姿を見ていたそうで、何だろうと思っていたら、その児童が先頭に立って話し合いを進めていたらしい。彼のことを知っている司書の先生はとても驚いたと言ってくれた

 

彼にとっては、自分の感じたことが認められ、それを友達に伝えることに夢中だったのだろう。それが、「楽しかった」につながったのだろう。

 

意図して仕掛けた授業ではない、何の変哲もない一コマの授業だったが、彼にとっては大きな意味を持つ時間だったのかもしれないと思うと何とも言えない気持ちになる。

 

今、僕は最悪に近い精神状態にある。それでもこんな風に声をかけてくれる子がいることに感謝しなければいけないと思った。

 

 


そしてこれからはのんびり文章を書くと言ったのに、アクセスしてくれる人達がいる。
出来うる限り頑張って文章を書いてみようかな、とちょっと思った。