チャボは1950年10月9日生まれ

チャボこと仲井戸麗市は今どうしているのだろう、と思い調べてみたら、明日無観客ライヴをするという告知を見つけた。どうも今年に入ってそのような活動をしているらしい。見てみたいところではある。今日の夕方がチケット申し込みの締め切りらしい。僕は無観客ライヴというものを見たことがないので、初めてがチャボというのも何だかよさげだ。でもスタートが19時なんだよなー。悩むところである。最悪アーカイブ配信でも見られるから、今日1日悩むことにしよう。

 

彼の目下の最新ソロアルバムは2015年発表の「CHABO」だ。勿論僕はその作品を聴いたが、あんまり聴き込んではいない。というかアルバム全曲を取り込んではいない。今日はそのアルバムを最初から聴きながら記事を書くことにしよう。1曲目「やせっぽちのブルース」からチャボは飛ばしてる。

 

そんなチャボももう72歳だ。その歳でまだライヴを定期的に行っているミュージシャンは他にいるだろうか。思いつくところでは友部正人くらいかな。友部は今はどうか知らないが、マラソンしてたしなー。まだ体力的にも大丈夫そうだ。チャボは何か運動とかしてるのかな。してなさそうだな。

 

2曲目「祝祭」では♪とことん楽しまないと人間は束の間/俺みたいに悩み悔やんでいると馬鹿を見るな/安物の人生それでも今日も生きてる/せいぜい楽しまないと/人間は束の間♪と歌っている。何だか歌詞も曲もソウルフラワーユニオンみたいだな。このアルバムを発表した時チャボは65歳。何とか自分を奮い立たせようとしていたのかもしれない。

 

3曲目「オーイっ!」では、自らの「老い」(目や耳や頭や足腰、心の老い)を取り上げ、「頼むぜロックンロール」と歌っている。サウンドがいつものチャボになっているので、こちらとしては安心する。ここまで3曲だが、歌詞がよく耳に入ってくる。


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7年前の僕はこの作品がピンと来なかったが、もしかすると今聴くとまた違った風に聴こえるのかもしれない。4曲目の「QUESTION」もいいよ。チャボのテーマの一つである地球上の人間全員に向けた大きな歌である。

 

とか書いていたら8曲目「ま、いずれにせよ」になっていた。「日進月歩のこの世の中、どこに行こう?まあいずれにせよ時の過ぎゆくままに」という歌だ。ジャズっぽいといえばいいのかな。ゴキゲンな曲だ。勢いがある。

 

次の曲のタイトルは「マイホームタウンの夜に」。チャボがホームタウン(新宿)について歌った曲はたくさんある。どの曲も結構重い。これもその路線だ。曲も歌詞もいいんだけど、今はさっきまでのような「現在」を軽いタッチで歌う曲の方がしっくりする。「まだ間に合うだろうか/最終のバスに」「まだ間に合うはず/次のバスに」と歌っているので、これも「最後」に近い「現在」の歌だろうとは思うが。これは夜聴くとキツイな。

 

11曲目は「歩く」。「いろいろあるけど今日も歩く」みたいなことを歌っている。うん、やはりこっちの方がしっくりくる。「僕らは何を手渡され/誰に何を手渡していく?」という歌詞もいい。曲調は麗蘭の「GET BACK」みたいで前向きだ。

 

あと3曲あるが、もうお腹一杯だ。今日はここまでにして、あとはトッド・ラングレンにしよう。ほんとは後半に重要な曲が並びがちなんだけどな、チャボの場合。

 

 

ところでジョン・レノンは1940年10月9日生まれである。チャボとはちょうど10歳違う。ジョンが今生きていれば82歳だ。ジョンは40歳で、忌野清志郎は58歳で亡くなっている。そして現在ポール・マッカートニーは80歳でチャボは72歳。そうか。ポールはもう40年近くジョン不在で生きているのか。それに清志郎が亡くなってもう14年か。チャボは今どんな気持ちでいるのだろう。そして僕は清志郎が亡くなった年に発病したからそろそろこの病気から脱出したいと思っている。

 

 

昨日一昨日と午後年休を取っている。2学期も半ばを過ぎたが、早くも仕事に対するエネルギーがなくなりつつあるのを痛感する今日この頃である。こういう時ってやっぱり退職金を計算したりするんだよね。それに10月に入るころからブログを書く時間が増えている。これもどうも体調と関係があるようだ。困ったものである。「困ったものである」という言葉も何回書いただろう。弱るね。

 

 

 

と、これで終わってもよいのだが、気になるニュースを見つけた。何でも全国学力テストで毎年高得点の秋田県や石川県は、このテストに向けて過去問を児童に取り組ませている。それって本来の趣旨からしたらどうなん?違うんじゃない?って大阪の吉村知事がコメントしているというものである。

僕は石川県在住の教員だ。学力テストの過去問は子ども達にバンバン解かせている。昔々は「過去問をやらす?何言ってんの?そういう趣旨じゃないって書いてあるじゃん」って突っ張っていたが。今は「はいはい、過去問ね。分かった分かった。で、学力高位の方を担当するの?低位の方?」ってな具合である。そして学力低位の児童にとってはちんぷんかんぷんの問題をさせ、解説をするのだ。そんなことしたって無駄であり、無理であり、お互い辛いだけだ。ナンセンスである。そんなことをやった上で学力テストの本番の日が来る。つまりは感覚が麻痺しているのである。

 

僕が勤務してきたのは、学力面で低位だった小学校ばかりだった。結果が分かると、コソッと管理職が教えてくれたりした。石川県で点数の低い市のその中でもげべから2番目とかだった。そうなると、3学期に市教委の偉い人がやって来て、全部のクラスの授業を見て、それから校長室で校長教頭にお説教をするのだ。

 

しかし、さっきもチラッと書いたが、過去問をしたからと言って点数が上がるわけではない。分かる人は分かるし、分からない人は分からないのだ。これは仕方のないことであると思っている。そんな児童に無理を強いている僕(達)は、結構犯罪的だと思う。そう思いながらもやらざるを得ない現実に「もう俺はこんなところには居たくはないな」という気持ちも出てくるのはやむを得ないだろう?と自問する日々である。

 

 

ギター教室から帰って、チャボのアルバムを聴きながら夕食と洗濯を済ませたあと、気づいたら配信ライヴの申し込みをしていた。明日は久しぶりのライヴだ。楽しみだなあ。