家に帰ると、ヒサコはもう帰っていて、晩ご飯を作ってくれていた。
「おかえり。練習どうだった?」
「うん、バッチリだった」
「キヨシ君は?」
今日の出来事を話すと、うんうんと聞いていたヒサコが、
「それでチャボはどうなの?」
と尋ねてきた。もしかすると・・・。
「えっ、どういうこと?」
と言うとヒサコは、
「最近のチャボはとても楽しそうで、生き生きしているように見える」
「それは私も嬉しいんだけど、チャボはキヨシ君をどうサポートしていくつもりなの?」
やっぱりこの話題か。
「うん・・・。オレもそれは考えてるよ」
しばらく間を置いてオレは言った。
「オレは、ストーンズで言えば、ミックを支え、時に煽るキースのような存在でいるべきなんじゃないかなって思う。でもオレがキース?冗談じゃないよ、とも思う」
ああ、やっと話せた。そう、オレはどうあるべきかが最近の一番の悩みだったのだ。さすがヒサコだ。オレの気持ちなんかバレバレだ。
「何言ってるの、チャボ。なれるよ、キースに。なれるに決まってるじゃん。なんてったって私が見込んだ男よ、あなたは」
その晩は、具体的にオレがキースのようになるにはどうすればいいか、という話を二人で延々話し合った。
オレ達は「屋根裏」でライブをするようになっていた。
演奏もMCも絶好調。キヨシのボーカルは、ますますオーティス化されてきている。オレもオレなりにキヨシをサポートするためにどうすればいいかを日々模索している。「雨あがりの夜空」のリフも随分洗練されてきたし、髪を短く切った。最近では、キメのポーズも時々入れるようになった。
そんなある日、楽屋に知り合いの化粧品販売をしている女の子が来て、キヨシに喋りかけた。
「清志郞君、あたしにメイクさせてくれない?かっこよくなると思うんだけどなぁ」
「化粧?デビッド・ボウイみたいな?」
「うん、まかせてよ」
「じゃあ、ちょっと頼もうかな」
「ちょっと待っててね」
女の子は、大きなバッグから何やらいろいろな物を出している。
オレ達は何が始まるんだ、という風情を醸し出しながら様子を見ていた。メイクによってだんだんと顔の様子が変わってくるキヨシを見て、なるほど、これはステージ映えするかもしれないな、と思っているとキヨシが、
「もっと濃くしてくれよ。それと、目をもっとつり上げて。チークっていうの?それも濃いめに。」
「いやもっと」「えー、やり過ぎじゃない?」「いや、これくらいがちょうどいいんだよ」
などと言っているうちに・・・。凶暴な顔つきをしたキヨシが現れた。
そう。またしても「キヨシロー」が更新されたのだ。今度はキヨシ流マンガメイクだ。綺麗とか美しいとかじゃない、客を威嚇(キヨシ曰く「イカク」)するメイクが髪型と合わさって強烈なキャラクターを生み出している。
この顔でライブをやるのか。すごいことになりそうだな、と思っていたら、キヨシが、
「次はチャボだよ」
とぬかしやがる。何言ってんだよ。メイクなんてやってられっか。
「じゃあ、頼んだよ」
と女の子に言うと自分はすたすたとトイレに向かった。オレ達は顔を合わせ、どうする?とメンバーと相談したがやるしかないだろう、とあきらめて、女の子に身を委ねることにした。
ライブでの清志郞の動きやMCに大分慣れたオレでも、今日はぶったまげた。
「スローバラード」を演奏する前にも、キヨシが客を煽るMCをするんだが、今日はちょっと様子が違った。
例の調子でイントロに入る前に喋り出したキヨシは続けて、
「みんなに聞きたいことがあるんだ。」と言い出した。
そして、「愛し合ってるかい?」と客に聞いたのだ。
今まではキヨシの方が客を煽るばかりのMCだったが、初めて客に問いかける言葉を発したのだ。
しかもその言葉が「愛し合ってるかい?」だと?
客は、ゲラゲラ笑うヤツ、喜んで「イエー」と叫んでいるヤツ、苦笑しているヤツなど反応はさまざまだ。それでも清志郞は「愛し合ってるかい?」を執拗に繰り返す。最後には「愛し合ってるかい?」「イエー」というやりとりが成立した。見事な力技だ。そして無事「スローバラード」が始まった。
コンサートの最後は、「愛してまーす」というキヨシの言葉で終わった。
ほんとにいつもいつもびっくり箱な男だぜ。キヨシは。
ライブが終わって、落ち着いた頃、オレはキヨシに聞いた。
「『スローバラード』の前に言ってた『愛し合ってるかい?』だけど」
「うん。今日初めて言ったな。変だった?」
「うーん、正直びっくりした。キヨシが愛っていう言葉を使うのは」
「でもチャボ、オーティスも言ってるじゃん。」
「もしかしてあれか?モンタレーの時のMCか?」
「うん。あれそのまんまやっただけなんだぜ」
なるほど。オーティスか。確かに言ってた。オーティスは「We all love each other , right?」、そして「Let me hear you say YEAH!」だった。確かにそのまんまだ。オーティスの英語を見事に鷲掴みにして「愛し合ってるかい?」という日本語に変換したのは、いかにもキヨシらしいっちゃあらしい。いや、しかし、でも、待て。もしかしてここは大事なところなんじゃないか?オレ達が「愛し合ってるかい?」という言葉を使うのはOKなのか。そして客に「イエー!」って叫ばせるのはOKなのか?答えが出ないまま帰路についた。
その後のライブでもキヨシは「愛し合ってるかい?」を連呼した。それを聞いているうちに改めて気づいたことがある。オレは「愛」だの「好き」だのは、それこそニューミュージックのやつらが使う言葉だとどこかで思ってた。もっと言えばどこか女々しい言葉だと思っていた。だがキヨシがこの言葉を発するときには女々しくは聞こえない。堂々としている。愛って言って何が悪い?っていう風にオレには聞こえるようになっていった。髪型やメイクと違い、この「愛し合ってるかい?」が、オレの心の中にストンと落ちるのに一番時間のかかったことだった。そしてこの言葉は、ライブの定番になり、一番盛り上がる場面となっていった。
「屋根裏」4日連続ライブを終えて、今日は久保講堂ライブだ。しかもワンマンだぜ。それでもキヨシは落ち着いたものである。オレはソワソワしながら、最初に何て言うかを心の中で確かめていた。
開演のブザーが鳴った。キヨシが「キヨシロー」になった。
「チャボ、客のヤツらをブッ飛ばしてきてくれよ」
分かったよキヨシ。オレもやるよ。RCのみんなと、クボコーのヤツらをブッ飛ばしてやろうぜ。
(おしまい)
読んでくれた方、どうもありがとうございました。これでお話は終わります。改めて思ったんだけど、ちょこちょこ言葉を変えたところはあったけれど、文体ってものはなかなか意識しないと変えることはできないものですね。相当「今のままの文体じゃないもの」で書きたいって切望しなければ変わらないと思いました。だから今のところはこのままでいいかな?と思っております。でも添削ってきりがないですね。それで文章のスピード感を失うのも嫌だし。なかなか難しいものです。
しかしこんな文章はhanamiらしくなかったかな?まだ若干照れがある僕であった。