今どきの海外旅行は、スマホをガッツリ使って旅行を楽しんでいるんだろうか。写真を撮るのも、ホテルを探すのも、支払いも(これはカード払いか)、おいしい店を探すのも、そこに行くのもスマホがないとやってられないぜ状態なのだろうか。
とかふんわりと否定的に書いてはみたが、僕だってきっと実際に海外に行ったらそうなること必至であろう。恐ろしい世の中になったものだ。便利じゃん?何が悪いのと訊かれそうだが、便利は時として恐ろしいというのが、僕の考えだ。
そんなこと言うと、生まれてきてから便利なものが次々と作られ、それを享受してきたではないか、それと何が違うの?海外旅行にしたって「地球の歩き方」を使ってきたではないかと言われそうだ。
確かにそうなんだけどさ。それにしてもスマホってあまりにも便利過ぎない?これ1台で何でもできちゃうんだよ。人間の能力の何かが確実に退化すると思うんだけどなあ。少なくとも道に迷うことは激減しているはずである。これをどうとらえるか、難しいところだと思うんだけどなあ。
でも、今まで作られてきた便利なもの同様に、これからも使っていくことは確かなので、実際に取り組んでいる人も多いと思うが、あまり依存し過ぎないようにしたいものである。
さて。今日採り上げる甲本ヒロトはスマホをどのように使っているだろうか。まあ“人生は楽しい方がいい 生活は楽な方がいい”って言ってるから、好奇心を発揮して色々なことに使っているのだろう。
今日は“人生は楽しい方がいい”の方を書いてみようと思う。
ヒロトは歌っている。楽しい人生を送るために地図はいらないって。ザ・ブルーハーツの“首つり台から”(1993)で歌っているよ。
“うまれた時に 迷いはじめた 地図も磁石も 信じちゃないさ”
“帰り道なんか 覚えちゃないさ どこへ行くのか どこへ行くのか”
ヒロトにとっては、誰かから与えられる地図や磁石なんかどうでもいいんだ。“前しか見えない目玉を付けて”風来坊になると宣言している。どこへ行くのかは分からない。でもそれがいいのだ。
ただしこの曲のサビはこうだ。
“首つり台からうたってあげる 首つり台から笑ってみせる”
やっぱ、好き放題に生きちゃあ(ルールを破るってことでもある)、世の中から抹殺されるかもしれないよねという思いと、それでも公衆の面前で殺される前でも歌って、笑ってみせるぜという自身の生き方を歌っている。サビのあと高らかに笑うヒロトの声が入っている。まるで「ザマーミロ」とでも言っているかのようだ。
こうして自分の生きる姿勢を高らかに歌ったヒロトは、8年後にザ・ハイロウズの“迷路”でこのように歌っている。
“のんびり屋さんを気取り フトンに入ったままで”
“何から何まで全部 埋めていく雪の日”
“道路を埋めて 線路を埋めて 地図はもういらなくなる”
“国境はなくなっちゃった”
“あわてて重たいドアを ゆっくり開けて出かける”
“月の上を歩いてる 銀色の雪の日”
“右足で踏んで 左足で踏んで どんどん足跡になる”
“とうとう道になっちゃった”
“迷路 迷路 迷路 迷路”
“迷路 迷路 迷路 迷路”
“僕が歩いたあとは 曲がりくねった迷路”
“のん気に浮かんでいるよ ブーンと小型飛行機”
“頭のとこだけ半分 銀色の写真機”
“道路をパチリ 線路をパチリ どんどん出来上がる地図”
“それから雪が降ってくる”
“迷路 迷路 迷路 迷路”
“迷路 迷路 迷路 迷路”
“僕が歩いたあとは 曲がりくねった迷路”
“まっすぐ歩かないから まっすぐ歩けないから”
“僕が歩いたあとは 曲がりくねった迷路”
“迷路 迷路 迷路 迷路”
雪が道路、線路を埋めて今まであったはずの道は消えてなくなる。そこをヒロトが「おっと」とか何とか言いながら歩く。そして雪で埋まった道が、ヒロトの歩いた道になっちゃった。
それから歩いたあとをパチリパチリと写真に撮ってどんどん地図が出来上がる。ただしその地図は曲がりくねった迷路だった。
前しか見ていなかったヒロトが珍しく後ろを向いた曲である。後ろを向くとそこには自分が歩いてきた道があった。それは迷路という名の地図だった。最後に少しこれからのことも歌っている。
“まっすぐ歩かないから まっすぐ歩けないから”と。
ザ・ハイロウズのあとにザ・クロマニヨンズでもこのような内容の歌を歌っているのかは分からない。しかし今も甲本ヒロトは迷路を作り続けているはずである。そして前だけ見続けて生きていると思う。
それでは。