hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

何を歌うか?考

例えばパンタの「クリスタル・ナハト」(1987)。このアルバムのテーマは次のようなものである。

 

第二次世界大戦が勃発する前年、1938年11月9日、ドイツ各地で反ユダヤ主義暴動が発生し、ユダヤ人住宅や商店、シナゴーグユダヤ教の教会)などが次々と襲撃された。壊された家々の窓ガラスが街路に飛び散り、その破片は月明かりに照らされ悲劇の夜を水晶が輝くように明るく照らしていたという。「クリスタル・ナハト」、つまり「水晶の夜」はこの夜を契機に激しくなっていくナチスドイツによるユダヤ人のホロコーストをテーマにしたアルバムだ(一部アマゾンのレビューを引用)。

 

曲名

  • 終宴 THE END
  • ダー・ダー・ヤー・ヤー
  • BLOCK 25 AUSCHWIZ
  • ナハト・ムジー
  • プラハからの手紙
  • 聖樹
  • メール・ド・グラス
  • 4749
  • 夜と霧の中で
  • オリオン

 

重いテーマだからといって、音まで重いというわけではない。今までのパンタのイメージ(ハードなロックンロール)の曲もありつつ問題作「KISS」を通過したからこそ生まれたポップな曲もある。

 

「BLOCK 25 AUSCHWIZ」はタイトルがタイトルなので曲も歌詞もハードである。

 

「列車から降ろされて/死のゲートをくぐると/闇が光り輝いてた/生き残るまでの戦いが始まる/ルールなんてここにはないのさ」。「髪を剃られ服を脱がされ/咳込むメンゲレの視線を避けながら/電流の通うフェンス越しに/命なんて霞んでいくのさ」「溜め息で吹き飛ぶような/歯の浮くセリフはやめてくれ」「梯子を登ればもう屋根の上/もう少し見ててやるよ/破滅へのセレモニー」

 

 

「ナハト・ムジーク」は一転して穏やかでポップな曲だ。

「荒れ果てたシナゴーグを/見下ろせる窓を開けて/まだ熱い君の胸は/心まで脱げないんだね/めぐり会えて言葉失せて/舌の奥で思い出が溶ける」「ナハト・ムジーク/高いコンクリートが俺の前に立ちはだかるよ/ナハト・ムジーク/きらめくストリートは二人の足跡さえ消してしまうよ/ナハト・ムジーク/ナハト・ムジーク/やけに艶めかしい夜だね」

 

 

「夜と霧の中で」は、当然「夜と霧」を連想させるが、曲調も詩の内容も優しい。

 

「知りたがり屋の少女は屋根裏部屋で/退屈の次に嫌いな鏡に舌出していた/母の記憶を覗いちゃだめだよ/あの時彼女は夜と霧の中にいた」「全ては夢の中で焼き直されて/遠ざかる月日に美しく燃え続け/祈りのようにあてもなく漂い続ける/あの時俺は夜と霧の中にいた」

「恐る恐る窓を覗く少女の顔は/たとえレンブラントさえ描けやしないだろう/失くしたダイアリー焼かれたディクショナリー/あの時少女は夜と霧の中にいた」「キプロスの海よりも君は奇跡さ/透き通った物なんて信じられやしないだろう/秘密の願いは話しちゃだめだよ/あの時君は夜と霧の中にいた」

 

 

最終曲「オリオン」では「ほんのわずかな支配者のために/消されていくのはやりきれないけど」「これが俺たちの世界/隠しきれない世界/宿命の三ツ星はオリオン瞬いていることだろう」と歌っている。

 

 

どうだろう。歌詞は一つの独立した「読める詩」として存在している。パンタは、ホロコーストの悲惨さを嘆いたり声高に反戦を主張したりしているわけではない。ただ淡々と克明にこの時起こったことを俯瞰して描き、そしてそれが過去、現在、未来と行ったり来たりする歌詞になっている。パンタは「このアルバムを聴いて判断するのは君次第だよ」と投げかけているだけだ。そこが素晴らしい。

 

しかし最終曲では、自分のスタンスを、自分の意志を歌ってこのアルバムを終えている。「あくまでも『反』というのがロックだと思う」と常々言っているパンタらしい終わり方だ。パンタは机に歴史書をたくさん積み重ね、それを読みながら歌詞を書いたらしい。

 

彼ははその他にも1984年に「16人格」というアルバムを発表している。これは、「失われた私」フローラ・リータ・シュライバー著(ハヤカワ文庫)に刺激を受け、16人格の少女「シビル」について描かれた作品である。

 

何かを題材にして、自分の表現領域で作品を創るところは、山川健一と似ているかもしれない。

 

 

別に政治的なものじゃなくてもいいけど例えばこんなことを歌おうっていう発想をする若い人が出てこないかな、と僕は思っている。

 

 

 

日曜日の「関ジャム」で、「2020年のベスト5」をやっていて「川谷絵音以前以後」で音楽が変わったという話があったが、僕にとっては「椎名林檎以前以後」なら「分かる」。川谷絵音以後だと、ヴォーカルの質感、サウンドの質感、詩の感じがどうも均一な感じが僕にはする。