わけが分からないけど、胸に突き刺さる歌詞

もたもたしている間に、今年もあと1か月を残すのみになった。今年1月の心持はどうだったのだろう?まだ教員の身分だったから少しは緊張感を持ちつつ過ごしていたと思うんだけど。しかし11か月経った今の心持はというと・・・・情けなくてなんも言葉が浮かばない。

 

 

 

季節は巡り、再び寒い冬がやって来る、とこの前書いたら、外に出て驚いた。もう風がすっかり冬になっているではないか。

 

 

そこで一昨日は、買い物をした勢いでタイヤも交換するかと思い、車屋さんに電話したら忙しいと断られた。そして明後日の火曜日に交換してもらうよう予約した。これでも例年よりかなり早い。まあ備えあれば憂いなしというわけだ。

 

 

そう思って天気予報を見ると、来週の水曜から天気は荒れ模様になるようだ。ギリギリセーフである。

 

 

 

 

そんなわけで、これから寒い季節がやって来るのだが、最近頭の中で鳴っているのは、P-Modelの「いまわし電話」という曲だ。バンドの背景等を書く前に歌詞を見ながら曲を聴いていただくとするか。

 

と思ったら、なんか分からないがYouTube動画を貼り付けることができなかった。というわけで、曲の方は妄想してください。

 

 

 

“見なれた景色のエッセンスには ボクを拒むわけがある”

“わかっているさ 百も承知さ 一から千まで話したところで”

“さみしさには変わりない この気持ちをどうにかしようと”

 

“ついうっかり受話器をはずして ついうっかりダイヤル回して”

“ついうっかりついうっかり ついうっかり秘密のうわぬり”

 

“いまわし電話 ケーブルの中で”

“いまわし電話 ボク放し飼い”

“いまわし電話 動くに動けぬ”

“いまわし電話 ボクは秘密の単位”

 

“みえすいた孤独の免罪符には ボクをかき消す罠がある”

“わかっているさ 百も承知さ 一から千まで暴いたところで”

“あせる気持ちに変わりない 消える自分をどうにかしようと”

 

“ついうっかり受話器をはずして ついうっかりダイヤル回して”

“ついうっかりついうっかり ついうっかり秘密のうわぬり”

 

“いまわし電話 ケーブルの中で”

“いまわし電話 ボク放し飼い”

“いまわし電話 動くに動けぬ”

“いまわし電話 ボクは秘密の単位”

 

 

 

この曲は、P-Modelとしては珍しく真正面からロック調で作っているというか、ノリのいい曲である。特にこの曲が収録されているサードアルバムの中では人気が高い曲だと思われる。だから僕の頭の中のお気に入りリストにずっと入っていたのだが、最近のライヴで演奏していることが分かって、つい引っ張り出してきた。

 

 

そこでこの曲の歌詞について書こうと思って2,3日考えていたのだが、あーだこーだと考えてみても今一つ書く気分が盛り上がらない。結論を書くとこの歌詞についてあれこれ書くのは無駄なんじゃないかなと思った次第である。

 

 

例えば、「いまわし」=「忌まわしい」であるとか、電話というものでしかコミュニケーションできなかった「ボク」だが、結局は何も伝わらなかったり誤解されたりするとか、色々と感じるところはある。

 

 

でもなぁ・・・そんなに難しい言葉を遣っているわけではないのに伝わってくる否定的な感じ、それだけで十分ではないかという気持ちの方が大きい。「秘密の単位」とかは平沢進独特の語感で僕は大好きだけど。

 

 

 

今年1月1日には、スターリンの「解剖室」の歌詞についての自分なりの解釈を試みてみた。その後も数曲の歌詞についての記事も書いた記憶がある。だからと言っちゃあなんだが、どうやら僕には歌詞について言及する能力がそんなにないようだ。

 

 

かつて渋谷陽一は、ロックを言語化するという意味で批評的に曲やアルバムを聴き、記事をたくさん書いてきた。松村雄策は、そんなに歌詞に言及した記事はないけれど、ここぞという時には書いてきた。最近ではスージー鈴木が、渋谷陽一松村雄策が触れなかった楽曲の構造(コード展開がどうとか転調がどうだとか)や歌詞の深掘りをしている。しかし僕には3人のような能力はない。ただ、その曲が「いいなあ」と思うことができるだけだ。

 

 

この曲に感じられる否定的で不穏な雰囲気、それを味わうことができるだけ幸せだと思うことにしよう。僕が好きな友部正人遠藤ミチロウもそういう意味では、わけの分からない歌詞を書く人だと思う。そういう人の歌詞には、はなっから批評されることを拒む何かがあるとは思っている。だからこそ味わうしかないのだ。

 

 

 

僕がP-Modelを初めて知った(聴いた&見た)のは、1980年に放映されたNHKの番組だった。テクノポップ御三家のうちの1つとして紹介されたのであった。その放送は(当時ビデオなんてなかったから)勿論生で見たのだけれど、その時はそんなにガビーンとは来なかった。

 

 

この年の前年にファーストアルバムを発表したP-Modelは、前身が「マンドレイク」というプログレバンドだった(ブラック・サバス風味を取り入れていたらしい。僕は未聴である)。そのバンドを解散して、即日結成されたのが、P-Modelである。僕が知っているのは、テレビで見た「美術館で会った人だろ」だけである。

 

 

その勢いで、セカンドアルバム「LANDSALE」を発表した。このアルバムは、同級生が持っていたので借りた(と思う)。音楽の時間に2人でこのアルバムから選曲し、クラスのみんなに聴かせたこともあった。僕は、ノリのいい数曲を気に入った。

 

 

そして1981年に発表されたのが、サードアルバム「Potpourri」である。このアルバムは、発売前から結構情報を持っていたので(多分ラジオと音楽雑誌で話題になっていたはず)、「買うぞ!」と気合を入れて買った1枚である。僕にとってのP-Modelはこのサードアルバムが全てだった。何回も聴いたなぁ。

 

 

彼らは、それまで散々テクノテクノと言われ、もうウンザリしちゃったので脱テクノのアルバムを作ったのだという。だからシンセサイザーよりもオルガンの比重が高い。

 

 

その後、P-Modelは、活動を続けていくのだけど、1988年に一旦活動休止(凍結)する。その後は散発的に結成され、アルバムを発表したり、ライヴを行ったりしている。

 

 

 

YouTubeで探してみたら当時の動画があった。この番組を僕は、1980年にリアルタイムで見たのだ。ああ懐かしい。(NHKの「600こちら情報部・テクノポップ」で検索すれば出てくる)

 

 

 

 

今日は、自分の力量不足を自分で嘆く記事になってしまったが、まあ仕方がない。もしかしたら他の曲で「よっしゃあ!書くぜ!」みたいなことになるかもしれないから、それに期待することにしよう。

 

 

 

それでは。