友部正人は来月73歳になる

僕は記事を書く時には、まずタイトルを考える。そして最初にタイトルとは関係の無い日常の些末なことから書き始め、「さて」と書いて本題に入るのが常だ。

 

昨日はそれで失敗した。その日の授業の様子を書き留めているうちに大体の字数に達してしまったので、おざなりにタイトルに関することを書いてお茶を濁した。毎日書いていればそんな日もあるさ。今日もどーでもいいことから始めてみよう。

 

今朝(というか深夜)目覚めたら、体が怠い。喉も痛い。これはもしかして・・・というと実は心当たりがある。昨日書き忘れたことだ。

 

3の1で一番気にかかる児童の母親がコロナ感染したという一報を受けて、その児童と姉はすぐに下校した。僕は児童と密に接することはなかったが、3の1で授業はした。一報を聞いた僕はすぐにマスクを着用して授業をした。もう遅いけど。これで感染していたら、すごい感染力だ。僕以外にも感染する人が続出するだろう。

 

僕は数日前から、風邪っ気がしていていつも飲む常備薬を飲んでいた。多分こっちの方だろうと思う。それに疲れも溜まっているしな。とにもかくにも8時くらいまで様子を見て、こりゃいかんとなったらPCR検査かな、と思っている。今日は精神科の受診日だ。こっちは電話診療にしてもらおう。今の症状は喉の痛みだけである。トローチをガンガン舐めている。

 

 

 

さて。友部正人である(←今日は早い。昨日の反省を生かしたのだ。エライ)。彼の2020年の作品「あの橋を渡る」を聴いた。1曲目のイントロが鳴ってすぐにあの懐かしい、独特な声が聴こえてきた。

 

♪横浜でかいた汗が新幹線で冷えて 仙台で塩となる (「あの声を聞いて振り返る」)

 

これを聴いた瞬間に僕は彼の汗になっている。そして塩になることを想像してみる。彼の歌詞にはそういうのがたくさんある。今作品もそうだ。

 

♪頭に靴をのっけている そんな人を見ませんか

♪ぼくも頭に靴をのっけているから そんな人のことがとてもよくわかります

                          (「ニューヨークの憂鬱」)

 

僕の頭の中に頭に靴をのっけた人が思い浮かぶ。そしてそうか、友部正人も頭に靴をのっけているのか、と思う。

 

 

いつもそうだ。彼の歌を聴いていると歌詞カードを見なくても頭の中に何かが浮かんでくる。

 

ところでなんで今、友部正人なのかというと、先日たまたまYouTubeで彼の姿を見たからだ。最近の活動を全然フォローしていなかったが、きっと今までと同じようにいろんなところで歌っているんだろうと思った。

 

検索すると目下の最新アルバム「この橋を渡る」を見つけ、ポチっと注文したわけである。彼についてはブログ初期に1回書いたことがある(ライヴで睨まれたこと)。また、路上ライヴをしていた時の記事でも彼について言及した(僕の声には歌う動機がない、友部正人の声には歌う動機があるっていうようなこと)覚えがある。改めてどんな風に出会ったか書いてみよう。

 

 

僕が初めて彼を見たのが2002年の春だったと思う。知り合いに誘われて友部や高田渡が出演するイベントを見に行った。そこで見た、聴いた友部の佇まいと声があまりにもかっこよくて、思わずその場でアルバムを買ったのだった(「休みの日」というアルバム)。それまでは宮沢和史やたま繋がりで彼を知る程度だった(その時はそんなにピンと来なかった)。

 

それから、長野のライヴハウス敦賀ライヴハウス、金沢のライヴハウスに行き、彼の歌を聴いた。「休みの日」を買ってからは昔に遡って曲を聴き、最新アルバムが発表されるとせっせと買って熱心に聴いていた。この頃は「no media」というポエトリーリーディングの活動も盛んに行っていた。彼が50代前半の頃である。僕は彼の歌を3曲、路上ライヴで歌っていた。

 

僕がリアルタイムで聴いていたのは2010年までである。アルバムでいうと、

 

2001年「休みの日」

2003年「あれからどのくらい」(ライヴアルバム)

2004年「何かを思いつくのを待っている」

2005年「Speak Japanese , American」

2008年「歯車とスモークド・サーモン」

2010年「ロックンロール、やってます」(三宅伸治とのライヴアルバム)の6作ということになる。

 

その後彼は、

 

2010年「クレーン」

2013年「ぼくの田舎」

2016年「ブルックリンからの帰り道」

2020年「あの橋を渡る」

 

と4枚のスタジオアルバムを発表している。僕はどうして彼を追いかけなくなったのだろうか。もしかしたらこの曲に出会ったからかもしれない。

 

 

「老人の時間 若者の時間」(「歯車とスモークド・サーモン」収録)

 

♪老人になると時間が来なくなる 時間は若者のところに行きたがる

♪時間が必要なのは老人なのに 例えば横断歩道を渡るとき

♪若者は時間を持て余し 必要が無いことに時間を使う

♪それでもまた余ってしまい 彼女とコンビニで立ち読みをする

♪新しい時間が来なくなり 老人は残った時間でやりくりをする

♪やりくりが大変な時には 老人は少しせっかちに見える


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これを聴いた時「ああ、友部正人はこれだけ聴いてればいいか」と思ったのは確かだ。いい歌である。自分で歌いたいと思ったりもしたが、当時43歳のぼくに路上ライヴをする気力はなかったような気がする。それに老人という年齢でもない。そうこうするうちに僕は友部正人を聴かなくなった。

 

 

もう一度書こう。友部正人は相変わらずであった。ちょっと奇妙な歌詞を独特な声で歌っている。いろんな所でライヴをしている。彼は長らく1年の半分をニューヨーク、もう半分を東京で暮らしてきた。しかし僕が彼を聴いていなかった時期にどちらの住居も引き払い、仙台に住んでいると知った。仙台と言えば伊坂幸太郎熊谷達也という僕の好きな小説家が住んでいる。一度訪れてみたい街でもある。でもどうして仙台だったのかは分からずじまいだった。

 

再び友部正人ブームがやって来るかは定かではないけれど、今回入手したアルバムはしばらく聴くことになるかと思う。1950年の5月生まれだから来月で73歳だ。同い年の遠藤ミチロウは4年前の4月25日に亡くなったことを思いだした(享年68歳)。もうすぐ命日なんだな。偶然だが、僕は何となく今の自分の体の状況から考えて68歳くらいで死んじゃうのかな、と思っている。あと10年だ。

 

なんか友部正人を聴いていていろんなことを考えちゃったよ。

 

あ、書き忘れていた。僕が一番好きな友部作品は「6月の雨の夜、チルチルミチルは」という曲だ。この曲の一節「知らないことでまん丸なのに/知ると欠けてしまうものがある/その欠けたままの僕の姿で雨の歩道にいつまでも立っていた」がどうにもならないほど好きだった。今も好きだ。この曲は100回以上は歌っているはずだ。


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風邪症状は、だいぶ治まったが念のために精神科受診は電話診療でお願いした。これで主治医から電話がかかって来るまで動けなくなった。

 

と思ったら、12時過ぎに電話がかかってきた。「去年の5倍は忙しいです」と僕が言うと主治医は笑っていた。「初任のクラスが大変なことになっているので空き時間に見に行ったりしています」と言うと、「助けてやって」と言われた。うーん、ちょっとは僕の心配をしてくれもいいのになあ。でもまあ、これで今から動くことができる。

 

 

というわけで、薬を取りに薬局に行き、コーヒー屋さんに寄って、ガソリンを入れ、スーパーで食材を買ってから帰宅した。それだけで何だか疲れちゃった。念のため体温を測ったが平熱だった。

 

 

今日明日は家でじっとしている方がよさそうである。しかし、明日はギター教室だ。休むんなら早目に言っといた方がいいよな。

 

 

しばらくリビングで横になっていると眠くなったのでしばらく寝た。それで少し体は楽になった。喉は相変わらず痛い。

 

 

こうして僕の貴重な土曜日は静かに終わろうとしている。