hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

新しい日々が始まる

今朝、学校に行って診断書諸々を提出してきた。僕は今日から取り敢えず5月31日まで病休することになった。少し心がざわついているがそれは後で書くことにしよう。まずは今日までの数日を振り返ってみよう。もうほとんど忘れちゃってるけどね。

 

 

3月7日(木曜日)

 

この日は1日年休を取った。力を振り絞れば行けないことはなかったんだけれど、どうしても6年の授業をする気持ちになれなかったのが大きな原因である。前日にプリントを印刷して、もしよかったら使って下さいと6年担任に伝えた。4年担任には、この前の続きをさせて下さいと頼んでおいた(彼はその時の授業を見ているから大丈夫なはずだ)。

 

家でじっとしているだけだったんだけれど、土曜日の精神科受診で主治医に何て言えばいいのかをずっと考えていた。考えてもいい言葉が浮かんでこない。段々気持ちが悪くなって夕食もほとんど食べないという事態に陥ってしまった。

 

 

3月8日(金曜日)

 

とにかく学校に行くのだ。そしてこれが僕にとって最後の授業になるかもしれないのだ、と少し気合を入れて出勤した。1限目5年、3限目4年、5限目4年、である。

 

 

1限目は・・・と書きたいところだが、もう忘れちゃった。基礎学力調査の練習問題をしたな。そんで淡々と授業をして終えたんだった。3限目と5限目の4年は課題ができた児童からキャッチ&スローをさせた。何だかしっちゃかめっちゃかな感じで終わったっけ。でもいいんだ。これで最後だから。

 

 

2限目と4限目はひたすら教室にあるプリントの山の整理だ。とにかく集めて包む。これを繰り返しやって、その包みを1階の機械室の奥に持っていった。何往復しただろう?そして何歩歩いただろうってくらい疲れた。

 

 

というわけで5限終了後にちゃちゃっと帰った。これで僕の教員人生は終わりだ、と思いながら帰途に着いた。

 

 

3月9日(土曜日)

 

いよいよ精神科受診日である。午前10時からだった。早目に家を出たら、財布を忘れたのに途中で気づいた。おい、落ち着けと自分に言い聞かせながらもう一度病院に向かった。早目に動いたのが幸いして時間通りに受付をすることができた。さあ、勝負だ。

 

 

ほとんど待つこともなく「13番の人」と主治医に呼ばれた。いそいそと診察室に入ると先生は開口一番「じゃあ、書くか」と言った。えっ?もう診断書書いてくれるん?それならこっちも気が楽になるぞ。と思いつつ上手く眠れないこと等を話した。

 

 

診断書を書きながら先生は「今回は結局何が原因だったの?」と訊いてきた。僕は「・・・仕事・・・の内容ですかね」と言い、すぐに「妻からは対人関係だと思うよとは言われています」と続けた。「そうや、その通り」と先生。続けさまに「誰や?」と訊かれたので「校長ですね」と答えた。そしてまあ色々と話した。先月もそうだったが、今回も先生の話に心が響かない僕であった(どんなことを話してくれたか再現すらできない)。

 

 

最初は「4月いっぱいまで休むのにしとくか」と言っていたが、僕が「もう校長は講師の手配で頭一杯なんで・・・」と言うと事情を察してくれて、じゃあ5月いっぱいまでにしとくわ、ということになった。あとで計算すると82日だった。その後も休む所存ではあるが、82日と思うと何だか気が遠くなった。

 

 

病院を出て、学校に行き、職員室の整理を始めた。これがなかなか終わらない。こりゃ明日も出勤だな、と思い帰ってきた。でも診断書が出たので少し心が軽くなった。

 

 

3月10日(日曜日)

 

 

今日は11時からギター教室がある。朝早く学校に行こうかとも思ったが、やめた。ギターの練習もしておきたいしね。

 

 

いかん、ギター教室のことまで書いていると、今日まで辿り着けなさそうだ。うーん、どうしよう。夕食も作らねばいかん時間になってきたし、今日はこれくらいにしておくか。

 

 

 

とにもかくにも今日から新しい日々を送ることになった。それだけ伝わればいいか。

 

 

 

じゃあ、尻切れトンボになっちゃったけどこれで終わります。あー、久しぶりに文章を書いたよ。何とか書けるものですな。