クリアしたよ

今日の授業は、何とかクリアしたぞ。やれやれだ。

 

1限目は空き時間だったので、6限目の4年生の授業をどうするかを必死こいて考えていた。頓服を飲んで2限目の3年生の授業に臨んだ。まあテストだったので体力的には楽だったし、みんな静かに取り組んでいた。3,4限目は6年生の授業だった。古墳時代の導入をしたが、思ったよりどちらのクラスも反応が良くてホッとした。しかし、もう残りエネルギーがない。

 

エネルギーゼロのまま5限目の2年生書写に臨んだ。結構ピリピリモードになってしまったが、すまん、許してくれ。6限目を控えているんだよ。そして今日のラストの4年生。4年生はパワーがあるから、どうしてもこちらも気張らなければいけない。予想通りガンガン話をしてくる。それに乗っかって僕もテンションマックスで頑張った。

 

これだけやったんだからもう許してくれ、と思いながら30分年休を取って、今ブログを書いている。只今17時。頭を切り替えて、何か書こう。

 

 

 

購読しているブログで、戦後日本はコロッと、民主国家に変わった、みたいな記事(←すごい大雑把だな)を最近読んだ。6年の教科書には、墨で塗りつぶした教科書の資料が掲載してあったりする。当時の教員はどういう思いでいたのだろうか。僕は、案外ほとんどの教員は割とあっさりと転向(?)したのではないかと思っている。何故ならそれが今までの日本人の「癖」だからだ。多分ですけど。僕の野性の勘です。とはいえ、自分の立場も、もしかしたら命もかかってくることなので、僕もその時代に生きていたらアッサリと転向していたに決まっている。

 

そう思うと江戸時代にアメリカから開国を迫られた時、日本は割と頑張っていたと言える。何だかんだ言って抵抗してたもんな。もしかして、日本人の「癖」が顕著になったのは、明治時代以降かもしれない。明治維新以降生き残った人たちが、日本という国を守るために必死で国際社会に立ち向かった、という印象を持っているが、そこのところはどうなんだろう?

 

宮台真司は「日本人はすぐに『ポジション取り』をする」と僕が何となく思っていることをスパッと言ってのける。そうだそうだと思ったが、その彼がこれからは、小さなコミュニティで助け合う、ということが重要になってくる、というようなことを言っている。これはどうなんだろう?ちょっとイメージできないな。何となく言ってることは分かるけど。

 

 

何で僕がこんなことを書いているかというと、僕の長年の謎であった「先生は何故、あんなにあっさりと管理職になるのか?」という問題と似ていると思ったからだ。こちらはかなりスケールの小さい話だけれど。命がかかってない分、嫌だという人がもっといてもいいと思うんだがなあ。特に組合活動に熱心だった左翼バリバリの人が、教頭になるってどうなん?って今でも思っている。そんな左翼の人たちももう今では全然ダメだ。勝手な言い分だが、それはそれで何だかつまらない。敵がいなくなったから、こちらも燃えようがないじゃないか。

 

 

話を戻すと、戦後の思想家で、戦争前と敗戦後でコロッと態度が変わることについて真摯に考えていた人がいるという。吉本隆明なんかがそうなのかな?その時代の人たちの主張することを概観してみたいものだが、今や僕にはそんな人を探すことや著作を読む元気がない。せいぜいユーチューブ動画で「なるほど、そうなんだ」と思うくらいだ。それこそ誰か偉い人の授業を受けたい気分である。分かりやすく教えてくれる人はいないかなあ。

 

僕が知りたいのは、敗戦後ホントに教員や知識人は割とアッサリ転向したのかどうか?転向したとしたら、一体どういう理屈をつけたのか?転向しなかった人のその後はどうなったのか?そして今も日本人は「癖」で生きているのか?ってな感じかな。こういうことを平易に教えて欲しいと切に思う今日この頃である。

 

 

もっとのほほんと生きていこうぜ、と言われるかもしれないがこれが僕の性分なのかもしれない。そして教員を続けられていることの一因かもしれない、なんちゃって。

 

 

何で残りエネルギーゼロの人間がこんなこと書いちゃうんだろうな。いかんいかん。せめて脳みそはゆっくり休ませようぜ。明日は1~4限まで授業だ。だから午後は思い切って休もうと思っている。休むと言ったからには休むぞ。

 

 

というわけで今日はこれでお終い。