hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

ミックとティナに助けられた

今朝、僕を奮い立たせてくれたのは、ミック・ジャガーティナ・ターナーだった。

 

例によってマイケル・ジャクソンの動画を観ていたら、「ライヴ・エイド」での2人の動画を発見したのだ。2人はミックとマイケル(ジャクソンズだったかな?)で発表した「ステイト・オブ・ショック」と「イッツ・オンリー・ロックンロール」を歌っていた。この懐かし映像を観てかなり元気が出たぞ。みんな、覚えてるかい?ライヴ・エイドを。懐かしいな。いつのことだったっけ?調べてみるか。

 

~「ライヴ・エイド」は、「1億人の飢餓を救う」というスローガンの下、「アフリカ難民救済」を目的として、1985年7月13日に行われた、20世紀最大のチャリティーコンサート。「1980年代のウッドストック」とも一部で言われていたが、その規模をはるかに超越したものとなった。~ ウィキペディアより

 

確かボブ・ゲルドフミッジ・ユーロが提唱者だったな。ボブはバンド・エイド(説明は省略)を提唱し、それを成功させた後のライヴ・エイドだったが、当時は(僕は好きだったが)そんなことできるんかい?というほどの小物だったように思う。誰それ?と言う人も多かったはずだ。それが実現しちゃった。日本では7月13日(土曜日)の夕方から14日の午前までほとんどぶっ通しで放映されたんだった。「ライヴ・エイド」と言えば、思い出すとまだまだ書きたいことがあるような気もするが、今日は我慢しておこう。

 

当時大学生だった僕は借家で頑張って深夜まで観ていたが、徹夜はできなかった。そして朝起きて付けっ放しだったテレビを観ていたら、しばらくしてミックとティナが登場したんじゃなかったかなあ、確か。奇跡的に録画されていたので、その場面だけを繰り返し観たものだ。その映像を今朝たまたま観たというわけである。興奮しないはずがない。

 

僕は「ステイト・オブ・ショック」という曲自体知らなかったものだから、その曲のかっこよさにも感動した。それにつけても天下のミック・ジャガーと、当時飛ぶ鳥を落とす勢いのあったティナ・ターナーである。すごいよ。2人はあと数センチでキスしちゃうんじゃないかくらいの距離で歌い、ミックはティナの腿を撫でまわす。実に卑猥だった。最後はティナ・ターナーの飾りのスカートまで剥ぎ取っちゃうんだから、怖いものなしである。

 

しっかし2人とも歌が上手いなあ。当然かもしれないが、言うまでもなくミックはあくまでミックらしく歌ってるし、ティナは「あたしがティナ・ターナーよ!何か文句ある?」ってな感じだ。

 

そんなティナ・ターナーも亡くなってしまった。ミックは「悲しい」とコメントしている。享年83歳。R.I.P.


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さてと。話題を変えようかな。僕にとっては嬉しいことである。このブログのアクセス数が今まさに70000を超えようとしているのだ。お前は1000回以上記事を書いていてこれっぽっちのアクセス数しかないのか、と言われそうだが、ほんとのことだし仕様がない。でも毎日50アクセスくらいあって、それが積み重なって今日という日を迎えることができた。ひとえに読んでくれた人に感謝である。

 

ついでに(ついでじゃだめか)書いておくと、読者登録をしてくれている人は65人である。つい2年ほど前は30数人で「1クラス分くらいだからこれくらいでいい」なんて書いていたのを思い出した。65人なんて、僕にとっては気の遠くなる数字である。

 

このようにホントに零細ブログだが、そして何かとネガティブになりがちな僕だが、読んでくれているる皆さん、いつもありがとうございます。青息吐息ですが、今日も無事、記事をアップできそうです。

 

 

今日は5年生2クラスがテストだった。その2クラス分のテストを今日のうちに丸付けすることができた。つまりは、何とか働くことができたということだ。明日は2限から6限まで授業がある。今週一番のしんどさである。明日の今頃は「ふぅ」と言いながらも「あとは金曜日だけ」と思っていることを願うしかない。

 

 

今日はここまで。ちゃちゃっと夕食を作って、ゆっくりレコードを聴くことにしよう。

 

 

おやすみ!