休むことに決めた

3月22日水曜日から3月31日金曜日まで10日間病休することに決めた。とにかく態勢を立て直すのだ。そして4月から戦っていけるように少しでも気力体力をつけるのだ。決心できたのは成績を全クラスつけて担任に渡せたということが大きい。これで1年間の責任のほとんどを果たした。あとは来週と再来週の月曜日粛々と授業をするだけだ。

 

来年度の内示は病休1日目の22日になるっぽい。病休したらいきなり異動だってなったらちょっと焦るかもしれないが、それも込みで休もう。そのためには、来週から教室等の整頓を始めておかねばなるまい。そんなに荷物はないように見えて案外たくさんあるのに気づくのが異動の常だからな。

 

 

さてと、今日は何だか仕事関連のことから書き始めたぞ。どうしようかな、このままいってみっか。今年度を振り返るというのはどうだろう?

 

1学期。4月当初、4年2クラス、5年2クラス、6年2クラスの社会科を受け持つことになる。5月には6年1組はもうキツイ(反応がにぶい、常にアウェイな感じで授業をしている)と言い始め、校長に「もう無理です。講師を探しておいてください」と言っていたな。それでも7月中旬まで頑張ることができたのは何故だろう?主治医のアドバイスがあったのかな?確か薬は出してもらったはずだ。でもよく思い出せない。4年生には毎回授業とは?とかどうして勉強するのか?みたいな話をしていたような気がする。5年生は特に気にならなかったが2組の方がやりやすかったのは事実だ。7月中旬から8月30日まで病気休暇を取る。

 

2学期。相変わらず6年1組の授業がキツイ。病休しようかなとまで考えるようになる。「1組から(僕を)外してもらえば、病休しなくても何とかいけるかもしれませんが、そんな事可能なんですか?」と校長に言ったところ、それが受け入れられた。その代わりに3年2組の書写を受け持つことになった。そんな中、雰囲気が良くなってきたのは6年2組だ。毎時間の問いにいろいろな意見が飛び出し、こちらも楽しく授業をすることができた。5年生は1組の雰囲気がどんどん悪くなってきた。1回授業を止めたこともある。これは担任も辛いなと思ったが、そこら辺はうーん・・・コメントしづらい。学期末はヘロヘロになりながらも終えることができた。

 

3学期。1月途中から3月上旬までだが、あっという間だった。しかしその短い期間に5年生の状況がどんどん悪くなり出した。僕は(再び)1組の授業を止め、一体何が問題なのかをあぶり出した。それが良かったのかどうかは分からない。取り敢えず今も常に臨戦態勢で授業をしているのが現状だ。2組の方も悲しい位状態が悪くなってる。

 

各クラスあと3時間ほどで今年度の社会が終わる。いつもは最後の数時間はいろいろな試みをしていたが、今年度はどうなるのだろう。その時になってみないと分からないな。

 

 

この1年、僕に成長のようなものはあったのだろうかと自問自答するのはなかなかつらい。しかし、6年の歴史の学習では毎時間プリントを作って授業をしていた。「これは覚えておけよ~」ということは最小限に絞って、「〇〇と□□、あなたはどちら派?」みたいな大きな問いを中心に学習に取り組んだことは、成長とまではいかないが次年度にも生かせるかもしれない。

 

同じようなことを4年生5年生にもやってみたいのだが・・・。まあ来年度の動向がはっきりしたら考えるとするか。

 

 

ああそうだ。昨日恥ずかしいことをしちゃったんだ。僕はニッティ・グリッティ・ダート・バンドについて、全米中が彼らの音楽に夢中になっているはずだと書いた。そしたらアメリカ在住のSycoさんからすぐに「いやいやhanami、それは違うよ。アメリカ南部限定だよ~」というコメントが来た。いやあ、よく調べもしないで書いちゃいかんね。コメントを読んだ瞬間顔を赤らめちゃったよ。

 

 

というわけで僕は今ヴァン・モリソンを聴いているが、相手が巨大すぎることもあって何をどう書けばいいのか分からない状態である。それでも1974年発表のライヴアルバム「It’s too late to stop now」が素晴らしいことだけは分かる。検索してみると、ヴァン・モリソンについて克明に書いているブログを発見した。それを読み、ますます及び腰になっている僕である。

 

 

そろそろ今日は終わりにしよう。昨日はWBCのいい場面をちゃんと見ることができた(最後までは観られなかった)。今日も試合開始から頑張って観ようっと。