ヒガシ先生

ヒガシ先生との出会いは半分は僕が引き寄せたものだ(自慢)。

 

例によってサカグチ先生と一緒の時である(1年目)。4年担任として苦労したことは書いたが、そのクラスの中にアスペルガーの男子児童が1人いた。その子はクラスのいろいろな友だちに心無い言葉をかけられ、二次障害を起こしていた。

 

何とかしないと、と思いながら何もできず1学期が終わった。ホッと一息つきながらも悩んでいたある日、サカグチ先生から「こんな研修会あるけど行ってみない?」と声をかけられた。他郡市で行われる研修会だが藁にもすがる思いで参加することにした。

 

それがヒガシ先生との出会いだった。その研修でヒガシ先生の話に感銘を受けた僕は、思いもつかない行動に出た。「何か質問はありませんか」という司会者に向かって挙手をしたのだった。

 

こういう時ほとんどの場合はサクラである。誰も手を挙げないことも珍しくはない。僕は職員会議でも自分の意見を言うことはほとんどないに等しいくらい自分の意見を持っていないやつだった。その僕が手を挙げた。百人以上いる先生たちの前で。何を聞くかはまとまっていなかった。

 

当てられた僕は、しどろもどろになりながら、「フラッシュバックというのは生涯消えることはないのか」を尋ねた。ヒガシ先生は「ないですねえ」と答えた。

 

僕はまだ、ヒガシ先生の話を聞いていたかった。そして第2のありえない行動をした。講演後のヒガシ先生にダッシュしてなおも質問を続けたのだった。現状を話し、どうすればいいのか分からないことを率直に言ったところヒガシ先生は僕の勤務校を聞き、「そこなら私の担当地域だわ。すぐケース研を開きましょう」と言ってくれた。

 

次の日僕は朝イチでサカグチ先生に一部始終を伝えた。そしたらその場ですぐにヒガシ先生の連絡先を調べ始め(国立大学の准教授だった)、電話をするではないか。「すげー」と思いながらうっとり見ていたら、先生は僕に「夏休み中にケース研をすることに決まったよ」と言った。最初に書いたように僕がヒガシ先生に突撃して、それに対してヒガシ先生が応えてくれた、そしてサカグチ先生が正式にアポを取り、具体的な日程を詰めてくれた。こんな経験は初めてだった。

 

どこまで行動力あるんだ、と思いながらその日のための資料作りを始めた。

 

ケース研でヒガシ先生は家族構成から成育歴、両親の性格、妹の性格等事細かく聞いてきた。僕には分からないことも多々あったので前担任や特別支援学級担任が答える。僕は1学期の記録を基に話すことで精一杯だった。その日は結論として夏休み後半に保護者と当人とで「どんな夢」を持っているのか?そのために今どうすればいいのかを特別支援コーディネーターを中心に話し合っていくことになった。

 

2学期、3学期にも来校してクラスの様子を見に来てもらいたくさんのアドバイスを受けた。それはこの学年が卒業するまで続いた。6年になると、ある日「これであなたの好きな写真を撮ってみて下さい」というメッセージを添えて突然どさっと1人1個分の使い捨てカメラが送られてきてこともあった(その写真を基に特別支援コーディネーターは1冊の本を作ってくれた。僕は写真を使って授業をした)。

 

サカグチ先生は異動してからもヒガシ先生を招聘しその学校で気になる児童を見てもらっていた。その時の研修会にも参加させてもらった。

 

僕はというとオオカワ先生の時のように自分の勤務校にも見に来てもらえないかな、と思い数年が経っていた(その時は特別支援学級担任だった)。しかし、自分が担任している児童の交流学級(2年生)がとてもとても荒んでいたのでそちらを見ていただけないものか、と思い担任にも誰か校外からの助けを借りた方がいいんじゃないかと持ちかけたりもした。しかし、その時の担任は自分で何とかする、というスタンスだったのでそれ以上何も言えず、校内支援委員会でもいい策が出ないまま、ただ時が過ぎていくばかりだった。

 

その年の6月に僕はオオカワ先生にその時の勤務校に来校してもらっていた。

 

嵐のような1学期が終わり、ついに2年担任が「もう私だけでは何ともならない」と僕に話しかけてきた。そして話し合いの結果、ヒガシ先生に来てもらうことになった。まずは状況を説明しようとなり、関係者数人で会いに行った。ヒガシ先生は相変わらずだった。

 

2学期来校してクラスの様子を見てもらい、校内でケース研を開いた。しかし一番の問題は全職員が問題意識を共有できていないことだった。それが露わになったな、と思いながら僕は話を聞いていた。ヒガシ先生には申し訳ないという気持ちで一杯だった。

 

この後そのクラスは(3,5,6年生で)「力で抑えつける怖い男の先生」が担任することになった。そして今年度卒業していった(どんな様子だったのかは分からない)。

 

オオカワ先生の時と同じく、僕(達)の訴えを快く了承してくれたヒガシ先生には感謝するしかない。それと同じくらいの申し訳なさもあるが。

 

おそらくヒガシ先生と関わることももうないだろう。でも僕の夢が2つ叶った(オオカワ先生とヒガシ先生にもう一度教えを乞うこと)ことは素直に嬉しく思っている。