hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

「キク」

恥ずかしい話だが、僕は犬に触ることができない。怖いのだ。ワンワン吠えられるとビビってしまうのだ。犬と戯れている人を見るだけでもう尊敬のまなざしである。

 

そんな僕が唯一触ることができた犬。それがキクである。年下の従弟が飼っていた犬だ。残念だがもう死んでしまった。

 

フレンチブルドッグのキクに会う前は、従弟との付き合いが深くなってお互いの家をよく行き来していた。きっかけは家を建てる時にたくさん助けてもらったことだった。まあ、僕は家を建てることについては何も意見を持たなかったので、妻がよく相談していた。そして僕たちのアパートにやって来て妻とひとしきり喋った後に僕と話すのだった。家業の関係で電気関係の工事は全部彼がやってくれた。

 

そんなこんなで家が建ってからもよく一人で来たり夫婦で来たりして交流を深めていった。親戚づきあいの嫌いな僕であったが、不思議と彼とは馬が合った。

 

そんな彼は家業を継ぐのをやめて、司法書士になるための勉強を始めた。新聞配達のアルバイトをしながら勉強を続けていた彼は、それでも僕の家を時々訪ねてくれていた。

 

そんなある日、彼は「犬を飼うことになった」と言ってきた。僕は、「そうか。じゃあ、君との付き合いもこれまでだね」と言い返した。勿論冗談だったが。しかし、本当は密かな野望があったんだ。「いつか犬に触りたい」という野望が。

 

それというのも、ベトナムへ行った時に猫と戯れたことがあったからだ。食堂の屋外スペースで食事を摂りお酒を飲んでいた僕は、酔っ払っていた。その時「ミャー」と鳴きながら1匹の猫が近づいてきたのだ。普段の僕だったら見ないようにして猫が去るのを待つ。しかしなんでだかその時は手を出し、「お~猫にゃん。おいで」と言ってしまっていた。猫はぺろぺろと僕の手の平を舐めた。お店の人に隠れてそっと食べ物もあげたり撫でたりもした。これが僕の「動物と触れ合う」ことのデビューだった。30代前半の頃だ。

 

しかし帰国してからはそんな機会はなかった。そんな折に従弟から犬の話が出てきたのだ。僕は思い切って言った。「俺、ほんとは犬と仲良しになりたいんだよね」と。そうしたら従弟がすかさず「じゃあ今度連れてくるわ」と言った。慌てて僕は「いやいや、そんなに慌ててないし」と言ったが、日を開けずに彼は妻と犬を連れて我が家にやって来た。

 

我が家に来た時のキクは興奮しちゃって緊張しちゃって大騒ぎであった。粗相もしちゃってたな。従弟の奥さんが「はい」とキクを渡そうとしたので恐る恐る手を差し伸べてみたらキクの方も緊張して体が強張っていた。奥さんに手を添えられながら僕はキクを持った(抱いたのではない)。この日はこれで僕の「犬と仲良くなりたい」特訓はおしまいだった。

 

そしてそれは突然やって来た。何かの用で従弟の家に行かなければいかなくなった。当然キクにも会うことになるであろう。何となく僕は心の中で決心をしていたと思う。

 

チャイムを鳴らし玄関に入ると、「フォッ、フォッ」という声が聞こえる。キクだ。どうしよう。と思っていると叔母と従弟がやって来た。「ほらキク。おじちゃんが来たよ」と言って従弟はニヤニヤしている。キクは自分の家だからリラックスしているようだ。この前と様子が違う。僕は意を決してキクの方に向かってしゃがんだ。

 

すると突然キクが襲いかかってきて(僕にはそう見えた)僕の顔まで自分の顔を近づけてきた。「キク。やめなさい」と従弟が言うが本気で言っていない。僕はさらに心を強くしてキクの方に顔を向けた。するとキクは僕の顔をペロペロ舐め始めた。何て獣臭いんだ。き、気持ち悪い、というのが僕の感想だった。

 

しかし、僕はついに一つハードルを越えることができた。犬に舐められたのだ。

 

その日以来、今まで避けてきた従弟の家に行くようになった。キクは会うなり僕の顔を舐める。僕は時々キクの体に触る。キャベツも食べさせたこともあった。そのうちキクは白内障になりほとんど目が見えなくなったが、それでも僕が行くと突進してきた。

 

ある日「〇〇(従弟の名前)の顔も舐めるの?」と聞くと、「いや。絶対そんなことはさせない。俺が一番偉いから」と言ってきた。じゃあ俺は嘗められているんだ、キクに。そう思ったが、別にそれでもいいや。少しでも仲良くなれれば、と思った。

 

それ以来「飼うんだったら豆柴だな」と思ったり、写真を見て「可愛いなぁ」とうっとりしたり、「でも豆柴は飼うの難しいって書いてあるぞ」とがっかりしたり犬について考えることが多くなった。

 

僕は、今まで犬を家族の一員として「〇〇ちゃん」と呼んで溺愛している人のことを正直「うーん・・・」と思っていたが何だかその人の気持ちも分かるような気がした。しかし、犬を飼うのはそんなに甘いものではないことも承知しているつもりだ。命を預かるのだから適当に付き合うことはできない。

 

というわけで、僕が唯一触れた犬がキクだった。それ以来犬には触れていない。ああ、だれか僕を特訓してくれる人はいないだろうか。