hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

何年もの間、毎週書き続けるのはすごいことだよ

昨日は荒んだ生活をしていたことを書いたが、アルコールを摂取している時間に何をしていたかというと、ひたすら映画を観ていた。1日1本約2時間。ジャンルはとにかく何でも観るようにしていた。

 

サスペンス、ヒューマン・ドラマ、アクション、SF、歴史物、邦画、ラブコメ、西部劇、あと何がある?韓流にはいかなかったな。アメリカのドラマにもいかなかった。

 

数年間は続いていたから500本以上は観ていると思う。しかし残念ながらほとんど記憶に残っていない。飲みながら観ていたから当たり前か。それにしても手あたり次第に観ていたな。

 

でも、最初は手あたり次第というわけではなく、中野翠(現在74歳)の映画評を参考にして借りていた。僕にとって彼女は信頼できる人だったからだ。

 

中野翠はコラムニスト、エッセイストで、社会や事件に関する批評の他、映画や本、落語や相撲に関する文章を毎週「サンデー毎日」に書いている(1985年~)。僕は週刊誌の連載を読むわけではなく毎年年末に出版される単行本を読んでいた。これは前年末からその年の11月頃までの連載をまとめたものである。いつの頃からか、毎年出されるこの本を楽しみに待つようになった。飲酒が始まった頃は本を入手するとまず、昨年の映画ランキングが書いてあるところを読む。そしてそれを手がかりにして観る映画を選んでいた。

 

どうして中野翠が信頼できるのかというと、彼女の文章が「凛としていながらも可愛い」からである。「凛」と「可愛さ」というどちらかと言えば相反するものが同居できた時に「信頼」が生まれてくるような気がする。どうも僕はこの手の文章を書く女性に弱い傾向にあるようだ。向田邦子然り、最近このブログの読者になってくれたレノンさん然り。向田邦子は「凛8可愛さ2」くらいで「凛」の方が勝っているが、中野翠は「凛6可愛さ4」くらいだと思っている。

 

中野翠本人は、自らを「物事に否定的なコメントをする際は、端的にそっけない単語で的確な表現をすることを好む」と言っている。そういう言い方は「粋じゃないこと」「田舎臭い」ことに対して発動するように僕には思える。この「そっけなさ」に僕は、彼女の「凛」を感じている。

 

また、自分の愛するものー自分の好きな映画、落語、相撲、テレビ番組、本、その年に活躍した人などーには愛のこもった文章を綴っている。しかしそれは決して感情過多のベタベタしたものではなくて(そういう時もあるが)、あくまで観察者として書かれた文章である。こういう姿勢は、中野本にたびたび登場する福田恒存の影響もあるのではないかと思っている。

 

 

この数年は読んでいなかったが、久しぶりに購入してみた。2019年末に出版された「だから、何。」である。つまり2018年末から2019年11月までのコラムが収録されている。僕の病休真っ只中の時期のものだ。

 

ああ~、こんなことがあったなと思うと同時に、気になった箇所もいくつかあった。

 

ガスレンジに火をかけたまま外出したか突如心配になる中野翠。そして、「いやー、本当に気をつけよう。外出する時はガスレンジに向かって「指さし点検」しようぜ、私!」と書いたり「ジャンヌ・ダルク感、ハンパない」と書いたりする中野翠

 

「~しようぜ、私!」と74歳の女性が言っているのは可愛い。「感」と「ハンパない」はちょっと無理してないか?と思う僕。

 

なのに、「なんなら~」という言葉遣いに対しては強い違和感を露わにしている。う~ん、それは僕も賛成だ。最近は気になる言葉遣いが多くて困る。いちいちそこで思考が止まっちゃうからな。

 

 

 

また、「私は『知識』と『知恵』と『知性』はそれぞれに微妙に違うと思っているのだけど、今の日本ではそんなコマカイことは気にしないようだ・・・。」

 

とさりげなく書く中野翠はかっこいい。内容はカッコいいが、しかし「コマカイ」はいけないんじゃないかなぁ。と、またしても思う僕であった。

 

 

しかし、タイトルにも書いたように、こんなにも長い間、質の高いコラムを書き続けるのって並大抵のことじゃないな。

 

 

というわけで、昨年末に出版された本も注文してしまった。