「教師」と名乗ることに決めた

今回の「STILL ALIVE Ⅳ」のサブタイトルと帯コピーは以下のように決めた。

 

 

サブタイトル・・・「教師と双極性障害、そしてロック——コロナ禍に綴る音楽エッセイ」

帯コピー・・・「黙食の給食、距離を置いた机。それでもロックは鳴っていた。」

 

 

どう?hanamiらしくないなって思う?僕はそう思う。でもこれでいくことに決めた。何故かというと、より多くの人たちに僕の本を読んでもらいたいからだ。

 

 

先週、ココナラのさとみさんに表紙を依頼してから、急速に自分の本をたくさんの人に読んでもらいてーなーという気持ちが盛り上がってきた。そこでさとみさんに「帯コピーもつけようと思うんですけど・・・」と相談してからとんとんとんと話が進み、結果今回はこれでいこう、と決心するに至った。

 

 

 

しかし、最初は「教師」という言葉に抵抗を感じたのは事実である。以前にも書いたことだし、もう一度書くのはくどいけれど、書いておこう。

 

 

僕はそれこそ師と仰ぐ先生にこう習った。

 

 

「学校に行ってただ授業をして給料をもらうのは、単なる教員。授業をして、児童の生き方をも変えるのが教師である」と。

 

 

その時思い知ったのだ。僕は教師ではないと。その思いは、退職するまでずっと消えなかった。勿論僕なりに努力はしたよ。でもねぇ、やはり自分のことを教師だとは到底思えなかったなー。だから、自己紹介する必要に迫られた時は小学校教諭ですと言っていたし、自分の指導案にも教師という言葉は使わなかった。

 

 

しかし世間や、学校の同僚が気軽に教師という言葉を遣っているのは事実だ。それを聞くにつれ、「うーん・・・ちょっと軽くないか?」と思っていた。

 

 

 

だから、今回さとみさんから提案されたこのサブタイトルを読んだときに、「教師かぁ・・・」と思い、「せめて小学校教諭とか教員にしたいな」と思ったのだ。そのことはさとみさんに伝えた。まあ、ゆっくり考えてくださいねという彼女の言葉にホッとしたけれど、やはり小学校教諭、教員という言葉では弱い(読者に届かないというか検索ワードにひっかからないっていうの?)のは明らかだ。

 

 

時間をかけてもしょうがない。それに「より多くに人に」という気持ちの方を優先したい。僕のちっぽけな気持ちなんて今は横に置いておけばいいじゃないかと思ったので即断した。このままでいこう。教師という言葉を遣おう(一応「元」教師なんだけどね)。

 

 

というわけで、僕は図々しくなることにした。hanamiらしくないと言われようが何だろうが、今回はこれでいく。いくと言ったらいく!

 

 

まあ、こんなことをブログで書くこと自体、めそめそしてんなぁって思われるだろうけれども、一応メモとして、決意として書き留めておきたかったのだ。許してちょうだい。

 

 

それに、僕はココナラのさとみさんのことを全面的に信頼している。3冊の本を作るにあたり、くよくよしがちな僕に対して実に誠実に接してくれた。そんな人が提案してくれたんだもの、いっちょうやってみるかって気持ちにもなるよ。

 

 

そういうわけで、サブタイトルはさとみさんの案をそのままいただくことにした。帯コピーは、2文目を少し変えた。あと僕がすることは、本の最終チェックと表紙が出来上がるのを待つだけだ。

 

 

でもこの流れって、バンドみたいだな。デビューアルバムを発表し、2枚目3枚目も無事発表することができた。しかし今イチセールスが伸びない。どうする?ってなった時に「じゃあ俺たちだけじゃなくて外部プロデューサーを入れてみっか」とか「もう少し多くの人受け入れてもらえるような楽曲を作ってみようじゃない」みたいな話ってよくあるじゃない。もしかしたら僕も同じなのかもしれない。

 

 

 

そういうわけで、清水の舞台から飛び降りるつもりで僕は「教師」と名乗ることにした。

 

 

 

おしまい。

 

 

(それより「お前『双極性障害』って言っちゃっていいの?表紙に出るんだぜ」と思われる方がいるかもしれない。僕はそのことについては全然構わない。おかしいかな?)

 

 

 

それでは。