hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

悲劇的なバンドあるいはアーティスト

世の中には数多なバンドあるいはアーティストがいるが、ロック史上で悲劇的なバンドあるいはアーティストは多い。僕が思い出す中でもいくつもある。思いつくまま挙げていくと、バンドではジョイ・ディヴィション、バッドフィンガー、シカゴ、レイナード・スキナードザ・フーレッド・ツェッペリンなんかが思い浮かぶ。人で言うと、オーティス・レディングバディ・ホリーエルヴィス・プレスリーブライアン・ジョーンズなんかかが思い浮かぶ。何が悲劇的だったのかというと全部死に方に関係している。今日はこういう話になりそうだ。

 

 

その前に睡眠事情を書いておくか。連日20時台に眠くなって瞬殺で眠っているので、目覚めるのは午前2時台だ。5時間弱、悪夢を見ながらそれでも眠って目が覚めて、そしてちょこっとブログを書いて二度寝している。それで何とか1日仕事をすることができているのでまあまあと言えよう。

 

 

話を戻そう。まずバンドの悲劇的な死というと、やはりフロントマンの死が挙げられる。

 

 

代表的なグループとしてはジョイ・ディヴィジョンになるのかな。アルバム2枚を発表し、ヴォーカルのイアン・カーティスはイギリスでカリスマ的人気を誇っていた。しかし、初のアメリカ・ツアーへの出発前日にイアンは首を吊って自殺する。バンドはツアーを延期するが、話し合いの結果「ニュー・オーダー」という名で音楽活動を継続することを決意した。その後の活躍は知っての通りだ。

 

 

これと似たようなケースがシカゴだ。初期のシカゴはやけに戦闘的だった。ロックバンドにブラス・セクションを取り入れて、政治的な歌を歌っていた。これが全米で評価され、安定した人気を誇っていた。しかし1978年1月にギタリストで中心メンバーであったテリー・キャスが拳銃暴発事故で死亡。メンバーはキャスの死後、話し合ったがシカゴとして活動再開をする。1980年代に入り、甘々のラヴバラード路線の楽曲で大ヒットを連発する。

 

 

ジョイ・ディヴィジョン、シカゴは残されたメンバーでその後も活動を続け、なんならフロントマンの死後の方がヒットを連発している。悲劇的なことはあったとはいえ、頑張っていたのである。

 

 

頑張ったバンドがもうひとつある(ほんとはみんな頑張ったんだと思うけどね)。バッドフィンガーである。このバンドはウィキペディアを読めば読むほど暗い気持ちになってくる。なんてったってバンドから2人の自殺者を出しているのだ。しかも同じ首吊りという方法で。

 

 

バッドフィンガーはビートルズの弟分的存在として1970年に再デビューを果たす(前身はアイヴィーズというバンド)。同じく1970年にセカンド・アルバム「ノー・ダイス」をリリース。このアルバムには後にニルソンとマライア・キャリーが大ヒットさせた「ウィズアウト・ユー」が収録されている。

 

 

バンドの人気は上昇し、ジョージ・ハリスンジョン・レノンのアルバムにも参加したし、ジョージ主催の「バングラデシュ・コンサート」にも参加している。1971年にはサードアルバム「ストレート・アップ」をリリース。商業的に最も成功したアルバムである。

 

 

しかし、その後契約のゴタゴタやらバンド内の摩擦やら訴訟やらでどんどん下降線をたどっていく。そして極貧となった。あまりの絶望的状況にリード・シンガー&ギターのピート・ハムは身重のガールフレンドを残し、自宅のガレージで首吊り自殺を遂げる。これによりバンドは一時終焉を迎えた。

 

 

ピートの自殺から3年後の1978年、彼らは再結成されレコーディングが行われる。しかし人気は戻らず、結果メンバーは袂を分かつことになった。やがて先ほど書いた名曲「ウィズアウト・ユー」の利権を巡ってメンバーが対立し、訴訟に疲れ果てたトム・エヴァンス(ヴォーカル&ギター後にベース)は自宅の庭の木で首吊り自殺を遂げる。これでバッドフィンガーの歴史は完全に終止符が打たれた。

 

 

松村雄策は昔からバッドフィンガーのことを評価していて、メンバーが悲劇的な結末を迎えても応援し続けていた。残ったメンバーとも確か仲良くなったはずだ。

 

 

僕は今朝二度寝の時に6枚目のアルバム「ウィッシュ・ユー・ワー・ヒア」をチラリと聴きながら眠ったが、その頃でもポップなロックンロールって感じで好感が持てる曲が並んでいたように思う。今レコードでデビューアルバムの「マジック・クリスチャン・ミュージック」を持っているが、何回聴いてもいい味だしてるなーと思う。こんな素敵なバンドの最後がこれほど悲惨な末路を辿ったとは。しかし残された作品に罪はない。この極上なロックンロールをこれからじっくりと楽しむつもりである。

 

 

今日は「悲劇的」をテーマに記事を書いたが、実はバッドフィンガーのことが書きたかったからである。ツェッペリンザ・フーも十分書くことはあるんだけど、それはまた次の機会にしよう。

 

 

 

 

というわけで、今週も終わった。地獄の6連続授業も終わった。先日は「驚くほどやる気がない」という記事を書いたが、それなりに授業をすることができて少し安心している。あと40日ほど頑張ればいいのだと思うと案外やれるものである。でも最後は頭が働かなくて弱ったよ。6限目が終わり、校長がいないと分かるとこれ幸いとばかりに30分年休を取ってしまった。

 

 

明日は精神科、明後日はギター教室である。ちょっとの外出なのだが、エネルギーを使いそうだ。

 

 

それでは。