hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

夏眠日記その42

僕には悪い癖がある。(前にも書いたが)本を1冊なら1冊だけを読み通すことができなくて、何冊かを同時進行で読むことだ。今、手元にあるのは、佐藤正午の「鳩の撃退法」、S・キングの「11/22/63」、いとうせいこうの「ど忘れ書道」「ガザ、西岸地区、アンマン『国境なき医師団』を見に行く」、村上春樹の「古くて素敵なクラシック・レコードたち」、あとは漫画の「卑弥呼」、「燕見鬼」だ。

 

これらの本、漫画は今週の月曜日に衝動買いしたもので、「卑弥呼」と「鳩の撃退法」から読み始めた。漫画と本とを同時進行でとっかえひっかえ読んでいたわけだ。佐藤正午の文体は好きだが、なかなか話が本題に入らないことに業を煮やした僕は、昨日ふと、いとうせいこうの「ど忘れ書道」を手に取ってみた。昨日も書いたように、この本は僕を救ってくれた。あれから寝床についても読み続け、くすくす笑いながら読了した。

 

その勢いでさっきから、いとうせいこうのもう1冊の本にも手をのばした。タイトルから分かるようにヘヴィな内容の本だ。しかしこれもするすると読むことができる。「ガザ」の部を読み終わってこうしてブログを書いている。

 

この本は「『国境なき医師団』を見に行く」、「『国境なき医師団』になろう!」に続く「国境なき医師団」シリーズらしい。本屋でたまたま見つけた本だ。みうらじゅんとの「見仏記」は確かに好きだけど、いとうせいこう一人の旅行記って読んだことないよな、しかもテーマは重そうだな、と思いながら読んだが、そんなに眉間に皺寄せて書いてる風でもなく、さっき書いたようにするする読めた。読めたが、ずしっと心に残った。

 

この本で彼はひたすら現場をまっ平らな目で見て書こうとしているのが窺える。ガザで彼はたくさんの人と会うのだが、まずはその人の名前を書く。読者は誰もその人のことは知らないのに。患者や医者、その他のスタッフに至るまで、いちいち丁寧に書き記す。そのことに心を打たれた。

 

ガザで初めて訪れたクリニックではこんな風に書いている。

 

~彼はイブラヒム・ハブメディと言い、13歳だった。ある日イスラエルが作った境界線近くへ行き、落ちていたおもちゃを拾った。それがおもちゃを装った爆弾だった。イブラヒムの左手首から向こうは激痛とともに消えた。~

 

~別の部屋には17歳のムハンマド・ホジャイエという男の子がおり、右手首全体にやけどがあって、女性看護師がその皮膚の再生を促すために丁寧にもんでやっていた。~

 

 

このような描写が延々と続く。患者から熱心に話を聞き取ってメモしているいとうの写真も掲載されている。人々の争いを(外側から)嘆くわけでもなく、淡々と、正確に聞き取り、文章に記しているいとうせいこうに感銘を受けた僕だが、彼が自分のことについて触れた文章が特に印象に残った。

 

40過ぎた頃に火鉢に凝っていたいとうせいこうは、ある日一酸化中毒になりかけた。(妻とともに)命からがら、というか九死に一生を得たいとうは、「それ以来、自分の仕事は変わった」と書いている。そして「儲けものの余った年月だからより好きなことしかしなくなったし、自分のためというより自然に人が喜ぶことが優先になった。面白いものである」と続けている。

 

正直言って「羨ましい」と思った。まだ僕には「自分のため」という気持ちが強い。仕事に対しても他のことにしても。「『人のため』と書いて『偽』(にせ)と読むんだぜ」とか言い訳をつけながら今も生きている。昨日は色々なことを考えて「胸が悪くなった」僕だが、この本を読んでいる時は、そんな余裕はなかった。襟を正して、ただ息を飲みながら文章を追っかけるだけだ。

 

いとうは、ドライバーをしてくれたヤセルさんにインタビューをしているうちに自分の存在意義に気づく。ヤセルさんはこう言う。

 

パレスチナの民は平和を求めているだけなんだ。自分たちの国にいて、自分たちの自由が欲しい。それだけだよ。どうかガザの外にいる人々に伝えて欲しいんだ。平和のために抗議をしてなぜ撃たれなければならないのか。少しの時間でいいから、どうかどうかガザに生きている私たちのことを考えてください。~

 

 

そしていとうはこう続けるのだ。「そこで俺はなぜ自分が生きているのかわかった気がした。彼らの伝言を運ぶためだった」と。その後前述した一酸化炭素中毒の話を書いているのだが、最後にこう締めくくる。

 

「そして、ついにヤセルさんが気づかせてくれたのだ。俺がMSF(国境なき医師団)の取材に血道を上げ、どんな仕事より優先してそれを面白がり、原稿を熱心に書き続けているのは、自分がたまたま命を永らえた存在だからであり、その折に医療機関の方々に世話になったからなのだ。」「つまりガザの海岸で、知りあったばかりの異国人から伝言を依頼されたおかげで俺は、自分の人生の駆動原理を知ったのであった」

 

この取材の後、世界が新型コロナウイルスで覆われることになる。

 

 

なんか、読んでいるこっちの方が途中から熱くなってしまった。結局引用ばかりだったが、今日この本を読んでよかった。

 

いとうせいこうは、信頼できる作家だ。「国境なき医師団」を「面白がり」、「熱心に原稿を書き続ける」のだ。世界中の作家を探してみても、ガザで面白がることができる人はそうはいないと思う。それこそ命がけで面白がっているのだろう。

 

 

 

 

ワクチン接種の副反応はなかった。注射したところがまだ痛いだけだ。明日は動き回っていいのかな?