hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

妄想小説~キヨシと俺:最後~忌野清志郎がキヨシローになるまで

家に帰ると、ヒサコが帰っていて晩ご飯を作ってくれていた。
「おかえり、チャボ。練習どうだった?」
「うん、バッチリだった。」
「キヨシ君は?」
今日の出来事を話すとうんうんと聞いていたヒサコが、
「それでチャボはどうなの?」
と尋ねてきた。もしかすると・・・。
「えっ、どういうこと?」
と言うとヒサコは、
「最近のチャボはとても楽しそうで、生き生きしているように見える。」
「それは私も嬉しいんだけど、チャボはキヨシ君をどうサポートしていくつもりなの?」
やっぱりこの話題か。
「うん・・・。俺もそれは考えてるよ。」

 

しばらく間を置いて俺は言った。
「俺は、ストーンズで言えば、ミックを支え、時に煽るキースのような存在でいるべきなんじゃないかなって思う。でも俺がキース?冗談じゃないよ、とも思う。」
最近の一番の悩みを話せて良かった。
「何言ってるの、チャボ。なれるよ、キースに。なれるに決まってるじゃん。私が見込んだ男よ。あなたは。」
その晩は、具体的に俺がキースのようになるには、という話を二人で延々話し合った。

 

俺達は「屋根裏」でライブをするようになっていた。
演奏もMCも絶好調。キヨシのボーカルは、ますますマンガチックに洗練されてきている。俺も俺なりにキヨシをサポートするためにどうすればいいかを日々模索している。「雨あがりの夜空」のリフも随分こなれてきたし、髪も短く切った。最近では、キメのポーズも時々入れるようになった。

 

そんなある日、楽屋に知り合いの化粧品を販売している女の子が来て、キヨシにしゃべりかけた。
「清志郞君、あたしにメイクさせてくれない?かっこよくなると思うんだけどなぁ。」
「化粧?デビッド・ボウイみたいな?」
「うん、まかせてよ。」
「じゃあ、ちょっと頼もうかな。」
「ちょっと待っててね。」
女の子は、大きなバッグから何やらいろいろな物を出している。
俺達は何が始まるんだ、という風情を醸し出しながら様子を見ていた。なるほど、ステージ映えするかもしれないな、と思っているとキヨシが、
「もっと濃くしてくれよ。それと、目をもっとつり上げて。チークっていうの?それも濃いめに。」
「いやもっと。」「えー、やり過ぎじゃない?」「いや、これくらいがちょうどいいんだよ。」
などと言っているうちに・・・。凶暴な顔つきをしたキヨシが現れた。

 

 

そう。またしても生まれたのだ。キヨシ流マンガメイクが。綺麗とか美しいとかじゃない、客を威嚇するメイクが髪型と合わさって強烈なキャラクターを生み出している。
これでライブをやるのか。すごいことになりそうだな、と思っていたら、キヨシが、
「次はチャボだよ。」
とぬかしやがる。何言ってんだよ。メイクなんてやってられっか。
「じゃあ、頼んだよ。」
と女の子に言うと自分はすたすたとトイレに向かった。俺達は顔を合わせ、どうする?とメンバーと相談したがやるしかないだろう、とあきらめて、女の子に身を委ねることにした。

 

ライブでの清志郞の動きやMCに大分慣れた俺でも、今日はぶったまげた。
「スローバラード」を演奏する前にも、キヨシが客を煽るMCをするんだが、今日はちょっと様子が違った。
例の調子でイントロに入る前に喋り出したキヨシは続けて、
「みんなに聞きたいことがあるんだ。」と言い出した。
そして、「愛し合ってるかい?」と客に問いかけたのだ。
今まではキヨシの方が客を煽るばかりのMCだったが、初めて客に問いかける言葉を発したのだ。
しかもその言葉が「愛し合ってるかい?」だと?
客は、笑うヤツ、喜んで「イエー」と叫んでいるヤツ、苦笑しているヤツなどさまざまな反応だ。それでも清志郞は執拗に繰り返す。最後には「愛し合ってるかい?」「イエー」というやりとりが成立した。見事な力技だ。そして無事「スローバラード」が始まった。
コンサートの最後は、「愛してまーす。」というキヨシの言葉で終わった。
ほんとにいつもいつもびっくり箱な男だぜ。キヨシは。

 

ライブが終わって、落ち着いた頃俺はキヨシに聞いた。
「『スローバラード』の前に言ってた『愛し合ってるかい?』だけど。」
「うん。今日初めて言ったな。変だった?」
「うーん、正直びっくりした。キヨシが愛っていう言葉を遣うのは。」
「でもチャボ、オーティスも言ってるじゃん。」
「もしかしてあれか?モンタレーの時のMCか?」
「うん。あれそのまんまやっただけなんだぜ。」
なるほど。オーティスか。確かに言ってた。いやでも待て。もしかしてここは大事なところなんじゃないか?俺達が「愛し合ってるかい?」という言葉を遣うのはOKなのか。そう思いながら帰路についた。

 

その後のライブでもキヨシは「愛し合ってるかい?」を連呼した。それを聞いているうちに気づいたことがある。俺は「愛」だの「好き」だのは、それこそニューミュージックのやつらが遣う言葉だとどこかで思ってた。どこか女々しい言葉だと思っていた。だがキヨシがこの言葉を発するときには女々しくは聞こえない。堂々としている。愛って言って何が悪い?っていう風に俺には聞こえるようになっていった。髪型やメイクと違い、この「愛し合ってるかい?」が、俺の心の中にストンと落ちるのに一番時間のかかったことだった。そしてこの言葉は、ライブの定番、一番の盛り上がりの場面となっていった。

 

「屋根裏」4日連続ライブを終えて、今日は久保講堂ライブだ。キヨシは落ち着いたものである。俺はそわそわしながら、最初何て言うかを心の中で確かめていた。
開演のブザーが鳴った。キヨシが「キヨシロー」になった。
「チャボ、客のヤツらをブッ飛ばしてきてくれよ。」
分かったよキヨシ。俺もやるよ。RCのみんなと、クボコーのヤツらをブッ飛ばしてやろうぜ。(了)