キヨシとは古いつきあいだ。何年前になるだろうか、同じライブハウスに出演していたのをきっかけに少しずつ仲良くなっていった。楽屋で他のバンドの連中は、女の子や麻雀の話ばかりしていて、音楽の話は一切していなかった。オレは、そういうのは嫌いだったし、好きな音楽のことを誰かと話し合いたかった。でもそういう友達はいなかった(相棒の加奈崎さんは、オレにとっては先輩だ。だからなのか、そういった話はあまりしなかった)ので、いつもギターを持って部屋の隅にいたものだ。
初めてRCのステージを見た時、オレは鳥肌が立った。忌野清志郎、あいつと話してみたいと痛烈に思った。しかし、あいつもオレと同じで、いつも部屋の隅でアコースティックギターをつま弾きながらちょこんと座っていた。しかも「近づくなオーラ」出しまくりだったから超内気なオレとしたらどうにも話かけづらかった。それでもある日のRCのライブで何の曲だったろう、「春が来たから」だったかな、その曲にいたく感動したオレは、どうしてもそれだけは清志郞に伝えたかった。
「『春が来たから』、すごかった」思い切ってオレは清志郞に話しかけた。
「そう?そいつは嬉しいな。キミはよく分かってるね」清志郞はこう答えた。
そこから少しずつ話すようになった。楽屋の場所も同じ隅っこに2人して座るようになった。オーティスの歌い方はこうで、サム・クックのあの曲はこういうことを言いたかったんじゃないか、真のオリジナルとは?などずっと自分達の好きな音楽の話をしていた。呼び方も、オレはあいつのことを本名の「キヨシ」、あいつはオレのことを「チャボ」(オレの愛称だ)と呼ぶようになっていた。
そうこうするうちにお互いの家にも行き来するようになり、一緒に曲を作ったこともあった。あいつは当時、女癖は悪かったのに、オレ達の間では、何というか下ネタを話すことは一切なかった。あの頃男同士で下ネタを話すヤツはどうも信用できない、というのがオレの持論だった(今でもそうだ)。オレにとってはそのことがこんなに長く付き合うことになった理由の一つかもしれないなと思っていた。
次の日、オレは9時頃に起き、コーヒーを飲んでからヒサコに「ちょっと行ってくる。」と言っていつもの楽器店に行った。やっぱりヒット曲を作るにはピックも新しくしなきゃな、というのがオレの理屈だった。ピックを買った後も、何となくギターを見たり試し弾きしたりしながら昼過ぎまでいた。しかし逸る気持ちはどうにも抑えられない。どうせキヨシが来るのは夕方だ。コカコーラを2本持って。と思いながらもオレは帰路に着いた。
家に帰ると、たまげたことにキヨシがいた。もう来たのか。ヒサコと仲良くコカコーラを飲んでやがる。あれっ。今日は3本だ。1人1本かよ。まぁ、よほど気合いが入ってるってことだろう。
「車を題材にした歌にしたいんだ。『ステップ』みたいなダンスナンバーじゃなくて、ゴキゲンなロックナンバーを作ろうと思うんだ。コンサートの最後にやると盛り上がるやつ」
キヨシはそう言ってノートを取り出した。そこには、「エンジンいかれちまった。」「つぶれちまった」「ポシャるまで」といった言葉が並んでいた。ん?車の歌か?それに何だかオレ達が普段使っている言葉遣いじゃないか。なるほど、今回はこういう言葉を使うんだな。この言葉遣いで「売れる」「ゴキゲンなロックナンバー」を作るんだな。じゃあオレもひとつ思い切って提案してみるか。
「キヨシ、こんなのどう?」DDDsus4D DDDsus4DAGD と例のリフを弾いてみた。
「イカしてる」と呟いたキヨシが「そのまま続けてくれよ」と言ったので、DDDDAGDDと弾いててみた。キヨシは、「それしばらく続けて弾いててくれる?」と言い、何やらぶつぶつとつぶやいてメロディと歌詞を同時に探っている。
「何をしたらエンジンはいかれるんだ?」とキヨシが尋ねるので、
「キミの車のサニーのことだろ?そりゃあ雨に弱いだろ?この前あったじゃない。雨が降ってエンジンがいかれたこと」とオレは答える。
「さえてるねぇ、チャボ君。それ最初にもってこう。次は?」と聞かれたので、
AGDAGDと弾いた。
このままAメロのコードのメロディと歌詞を決めていった。こんな歌詞だった。
♪この雨にやられて エンジンいかれちまった
♪オイラのポンコツ とうとうつぶれちまった
♪どうしたんだ ヘイヘイベイビー バッテリーはビンビンだぜ
♪いつものようにキメて ぶっとばそうぜ
♪そりゃあひどい乗り方 したこともあった
♪だけどそんな時にも お前はしっかり
♪どうしたんだ ヘイヘイベイビー 機嫌直してくれよ
♪いつものようにキメて ぶっとばそうぜ
さっきちらっとキヨシのノートを覗いたときに、「バッテリーはビンビンだぜ」というフレーズが目に飛び込んできた。それがもうすでに使われている。
「バッテリーはビンビンだぜ」?
オレはキヨシのノートを見た時に、車と女をかけてセクシャルな意味も込めて作ろうとしていることには何となく気づいていたので、
「キヨシ、ホントにいいの?この歌詞で。ヒット曲を作るんだろ?」と言ったら、
「何言ってるの、チャボ。俺がさだまさしや松山千春みたいな歌作ると思う?」
と切り返された。
なるほど、魂は売らずに自分らしい曲を作ってバンバン売ろうぜってことか。こりゃあ、コンサートの最後にやると盛り上がりそうだ。それにしても下ネタを言わないオレ達の間でこの歌詞はギリギリの線だな。
キヨシは「どっからこんなリフが出てきたの?」と聞いたので、種明かしをした。
「モット・ザ・フープルの『Drivin’ Sister』のイントロをシンプルにしてみたんだ。そんでキースみたいにsus4をかますとカッコいいかなって」
「なるほど!さすがだねぇ。サビのコードは?」
「そこはまだ分かんない。」
(続く)