今日は5時前に目覚めた。いつものことだ。でもいつもと違って目覚めがとてもいい。よって気分もいい。昨日とは大違いだ。理由は分からないが、とにかくコーヒーを淹れ、ご飯を炊き、納豆の用意をして自分の朝ご飯を食べられるようにしておいた。これはすごいことだ。
久しぶりに朝からブログを書いてみるか、という気持ちにまでなったのでその気持ちが去らないうちにこうやってパソコンを開いている。今日書くのは、THE BEATNIKS(ザ・ビートニクス)についてだ。
THE BEATNIKSとは、高橋幸宏と鈴木慶一のユニット名である。先週の岡村和義、昨日の麗蘭と最近はなぜかユニットづいているな。1981年に結成されたから高橋幸宏は第1期YMO末期、鈴木慶一はムーンライダーズが活動休止している時になるのかな。
ディスコグラフィは以下の通りである。
1981年:EXITENTIALISM出口主義
1987年:EXITENTIALIST A GO GOビートで行こう
2001年:M. R. I. Musical Resonance Imaging
2011年:LAST TRAIN TO EXITOWN
2018年:EXITENTIALIST A XIE XIE
こうやってみると、アルバムとアルバムの間が6年とか10年とか空いている。断続的な活動とはいえ、タイミングが合えばTHE BEATNIKSをするという意識は持ち続けていたんだと思う。
とまあ、昨日はここまで書いたんだけど力尽きてしまったので、今日は根性を入れて書くぞ。
僕が聴いているのは、2018年発表の「EXITENTIALIST A XIE XIE」である。これはジャケットから推察するに、セカンドアルバムを受けての作品だと思われる。この作品を聴いて思ったのは、鈴木慶一と高橋幸宏は馬が合っているな、ということだ。2人が持っている似た要素をお互いにフル出力しているという感じである。だからタイトルは「見事に溶け合っている2人」なのだ。
「EXITENTIALIST A XIE XIE」と「EXITENTIALIST A GO GOビートで行こう」のジャケットはこんな感じだ。年輪を感じるね。


2人に似た要素って何だろう。まずは声質か。曲中リード・ヴォーカルが変わる曲もあるけれど全然違和感がない。あとは歌詞と曲から作られるの世界観かなあ。歌詞はほとんどを鈴木慶一が担当していると思われる。タイトルを見ると「鼻持ちならないブルーのスカーフ、グレーの腕章」「ほどよい大きさの漁師の島」「BEAT印のDOUBLE BUBBLE」なんかは鈴木慶らしいといえばらしいが、どことなく抽象的にも思える。そう、ザ・ビートニクスの音楽って抽象的に聴こえるのだ。
印象に残ったフレーズは、「鼻持ちならないブルーのスカーフ、グレーの腕章」での「太平洋は最低 その両岸も 世界中が最高の 最低」「反対なのだ」とかでは怒りを感じる。また「Unfinished Love」では、最初は暗いことを言ってるんだけども最後に「愛が遠いなら 少しずつ縫い合わせ こんな気持ちでも ここからは出て行く」「僕の心のドア いつか開けてみて 創りかけの愛が そっととってある」と前向きな言葉で締めくくられている。前半の暗い箇所はいかにも幸宏が書きそうな歌詞だ。
曲というか音の質感は高橋幸宏寄りになるのかなあ。幸宏のソロ作品はチラッとしか聴いたことがないけど、少なくともムーンライダーズの音からは離れている。余談だが、妻は結婚前幸宏の大ファンで当時の作品を全部揃えていた。チラッと聴いたのはその時が初めてなのだ。ソロでもそうだが、このアルバムでもニール・ヤングのカヴァーをしている。
あとはインタビュー動画を観たんだけれど、ザ・ビートニクスは「怒りが生まれたら活動する」ということから始まったらしい。しかし、今なぜ(作ったのか)?という問いに高橋は「もうすぐ死ぬから」と即答していた。発表当時2人は64歳くらいだったはずだ。だから今度いつやれるかはっきりしないから、という思いもきっとあったのだろう。
アルバムで一番ポップな曲は最終曲の「シェー・シェー・シェー・DA・DA・DA・Yeah・Yeah・Yeah・Ya・Ya・Ya」だ。こういう曲があと2,3曲あったらよかったのに、と今の僕は思う。ちょっと全体的には重いんだよね。だから今聴くのは少しつらい。
あと、書き洩らしたことはないかな。佐橋佳幸がギターでゲスト出演しているが、本当に気持ちが良いギターを弾くなと思った。
岡村和義のどっちつかずなサウンドも気に入ったが、ザ・ビートニクスの溶け合った2人のサウンドも気に入った。でももう少し元気にならないと聴けないかもしれないな。とりあえずセカンドアルバム「EXITENTIALIST A GO GOビートで行こう」を聴いてみようっと。
それでは。