教育の質の低下について

先週の日曜は、大雪でギター教室が吹っ飛んだというのに、昨日今日と穏やかな天候だ。もう春?ホントにもう春って決めていい?っていうくらいあったかい。

 

 

それにしても最近の記憶力低下が著しくて自分でも驚くほどだ。昨夜は妻に新しい蕎麦屋が出来たんだけど知ってる?ってことを伝えたくて「『シャトレーゼ』の近くの・・・」と言いたかったのだが、そのシャトレーゼが出てこなかった。

 

 

「あのーーー・・・安いお菓子をいっぱい売ってて、ほら・・・学校でワックスがけをした時なんかに校長が『お疲れ様』って言って職員にお菓子買ってくるでしょ?あの店。最初に『シ』がつく店なんだけど・・・」としか言えなかった。あそこで自力で思い出せるようになるとまた違うと思うのだが、妻に先に言われてしまった。

 

 

 

 

まあそんな話は置いといて、その後も妻との会話が続いた。そのテーマが「教育の質の低下」だった。ほんと真面目な夫婦だねえ。

 

 

話の最初はこんな質問から始まった。「あんた、4月から仕事するつもり?」「うん、まあ。もし俺を雇ってくれるならだけど」「2年ブランクがあるってことね。多分あんたビックリすると思うよ。学校の荒廃ぶりに」と恐ろしいことを言ったのだ。

 

 

今まで僕は何度か「教員の質の低下」については書いた。しかしこれから書くことはもう「教育の質の低下」だなって思ったわけだ。どこまで思い出せるかな。

 

 

 

最初に恐ろしいことを書いておくか。これは書いたらまずいかもしれないが、こういう実態はありそうである。勿体ぶった書き方になるが、教育委員会揉み消しの件である。どう?怖いでしょ?揉み消しって言ったら語弊があるか。もしかしてどこかに抗議されるかもしれないので「なかったことにする」という言い方に訂正しよう。

 

 

どういうことかと言うと、管理職の話である。もう、管理職になる人材がいないことはどこの業界でも聞く話であるが、教育界も同じだ。そして今までよりも随分と若い人がこれまで以上に管理職に就くことになるだろう。

 

 

そんで、例えばそういう年代になった教員が、うーん・・・力量不足かな?と言わざるを得ない人だとしよう。今では教委に直接教諭がパワハラ案件等を訴えることができるシステムになっている自治体が多いと思うが、そこで訴えられた力量不足の教員に対するあれやこれやは、なかったことにしている自治体があるということだ。

 

 

だって、人がいないんだもん。その人が管理職なんて到底無理、な人間だとしてもその点で何らかの×点がつけられることはないらしい。そして何年かすると管理職になるというのだ。

 

 

僕は別に教委を責めたいわけではない。だって人がいないんだもん。しょうがないじゃない。しかし、管理職ともなれば学校全体に大きな影響を与える存在である。直接授業をしなくても、上がダメだとその学校の教育活動充実度は著しく下がるという事実を述べているだけだ。これを教育の質の低下と言わずして何と言う?

 

 

 

 

お次の話題にいこう。だいぶ前からひろゆき他多数の人が、「授業の上手い先生のYouTubeを見て勉強すればいいんじゃね?」という意見が飛び交っている。僕たち夫婦はそれに反対の立場を取っている。何故か?

 

 

それだと学習内容(教科書に書いてある内容)だけ分かればいいじゃんという話になってしまうからだ。学びというのは、教科書に書いてない教材の本質というものも掴むことだ、という考えである。そしてYouTube動画だと、どこで児童が躓くのか、ということを全く考慮していないと思われるのも大きな問題だと思っている。

 

 

しかし・・・。残念ながらそのような教材の本質に迫ることができる教師はもういない、という結論にも至った。これは今に始まったことではない。少なくとも僕が勤務していた地域でそんな教師は、現在65歳を過ぎている教師である。つまり、僕たちはその人たちのバトンを上手く受け取り、下の世代に渡すことができなかったというわけである。

 

 

となるとやはりYouTube授業論が再燃することになるわけだが・・・。教師には2つのタイプがいるという話に落ち着いた。

 

 

1つは、それこそ今書いたような授業が上手い人である。「授業が上手い」にもグラデーションがあって、学習内容を効率よく児童に伝えることができる教師と、児童の思考に沿って授業を進めることができる教師というのがある。どちらの方向かは置いといて、とにかく授業が上手い人、これが1つ目である。

 

 

2つ目は、児童との関わりが上手い人である。多くの児童を前にしても、個別の対応にしても上手く児童と関わることができる教師はいる。もしかしたらこれからこっちの方が重要視されていくかもしれない。

 

 

 

学習内容を理解する云々という話ならば、前者の方が望ましいという話になるだろう。しかし、学校というシステムが今も存在する以上、2番目のタイプの教師の存在は必須である。色々な特性を持つ児童への対応とか保護者対応とかあるもんね。となるとYouTubeを適宜活用しつつ学習を進めていく、というのが現実的なのかもしれない。

 

 

 

 

次。結構思い出すもんだな。まだ話題があった。それは学歴の話である。これは僕と妻とは考えが違う。妻は学歴重視、僕は学歴なんてそんなの関係なくない?派である。

 

 

妻曰く「できない人は、やっぱり○○大卒なのよねー」とか「高校時代にどのように学んできたのかが大事なのよね」ということらしい。だから僕がある先生について困ったもんだなーとか言うと、必ず出身大学を訊いてくる。

 

 

 

しかし僕は自慢じゃないが、地域で一番の高校に入学し、住んでいる県の国立大学に入学した。僕は、高校時代の2年半は勉強しなかったと言っていいし、大学時代の4年間は教育に関することは勉強しなかったと自信を持って言うことができる。妻からしたら学歴だけ見れば僕は使える人間だということになる。でもホントにそうなのかなー。

 

 

 

一応自分では、そこまで使えない人間だったとは思っていないが(辞めた今だからこそ恥じらいもなく言えるのかな)、だからと言って学生時代の何かが仕事に役立っているとは口が裂けても言えない。しかし、妻は国公立大学を出ていない人がたくさん採用されるようになったことも教育の質の低下に繋がっていると考えている。

 

 

 

 

まあ、そんなこんなで相も変わらず僕たち夫婦は、教育の話になると盛り上がる真面目な夫婦だということにしておこう。

 

 

ともあれ教育の質の低下、これは間違いなく全国で現在進行形で起きているはずだ。

 

 

 

 

 

 

最後は楽しい話題も書いておこう。今日はギター教室に行ったのだが、レッスンの部屋の隣には練習スタジオがある。今日はその部屋の扉が開いていたので、ちょっと覗いてみた。

 

レッスン終了後は、店の人がいたので質問してみた。

 

 

「ここはバンドで練習するスタジオになりますか?」

「ええ、そうです」

「このスタジオの繁忙期っていつですか?」

「秋ですね。高校生が文化祭とかで発表する機会が多いんですよ」

「じゃあ、夏のお盆近くの土日はどうですか?」

「あー、ちょっと微妙ですかねー。早目に予約した方がいいですよ。平日だったらOKだと思います」

「1時間500円って聞きましたけど」

「そうですね、1時間550円とあと会員になるために1500円必要です」

 

 

最後にスタジオの様子を撮らせてもらった。小さなライヴができるくらい広い。僕はスタジオといったら、狭いという感覚しかなかったが、ここは広すぎるほど広い。ここで夏にJUNさんとwakabyさんと3人で練習できれば、最高じゃないかと思った。しかも僕の家に近いのもナイスだ。



あと1か所スタジオがあるが、そこはもう少ししたらリサーチしようと思う。

 

 

 

それでは。