1980年代のザ・キンクス

ニコチンパッチを貼るようになってから寝つきが悪くなったことは書いたっけ?まあいいや。とにかく眠れないので、秘蔵の眠剤を1錠加えて飲んでいる。そしたらそれが効き過ぎちゃって、眠くて仕様がない。朝っぱらからずっと眠い時もあるし、日中思わず眠ってしまうこともある。

 

 

今日は、朝っぱらからの方だった。といっても午前2時に目覚めて、また寝て4時に目覚めて・・・という繰り返しなんだけどね。今9時半なんだけど、やっと頭がハッキリし始めた。早くこのような事態を改善したいものである。

 

 

今日は久しぶりに悪夢も見たぞ。とんでもないくらい凶悪な児童と保護者が揃っているクラスの非常勤講師になる夢だった。この期に及んでまだ学校ネタの夢を見るのか。悲しいな。夢の中で僕は勇壮に闘っていたことも何だか悲しかった。

 

 

そういうわけで、ザ・キンクスである。昨日1980年代のことを考えていて、「そういえば、キンクスって80年代に(も)ブレイクしたよなあ」と思ったのだった。なんたって歴史の長いグループだから何回かブレイクしている(はず)。今日は1980年代に絞って活動を概観してみよう。

 

 

 

1980年:ワン・フォー・ザ・ロード(ライヴ盤)

1981年:ギヴ・ザ・ピープル・ホワット・ゼイ・ウォント

1983年:ステイト・オブ・コンフージョン

1984年:ワード・オブ・マウス

1986年:シンク・ヴィジュアル

1988年:ザ・ロード(ライヴ盤)

1989年:UKジャイヴ

1993年:フォビア

1996年:トゥ・ザ・ボーン(ライヴ盤)・・・一応ラストアルバム

 

 

上のアルバムを見ると1980年代にキンクスは結構アルバムを発表していることが分かる。そしてライヴアルバムを一区切りとしていることも。特に1981年の「ギヴ・ザ・ピープル・ホワット・ゼイ・ウォント」から4作続けてスタジオ盤を発表し、「ザ・ロード」というライヴ盤で一区切りつけているところは非常に納得できる。なんてったって高校時代から大学時代までのことだからね。一生懸命聴いていたんだよ。

 

 

とはいえ発売当時自分で買ったアルバムは「ステイト・オブ・コンフュージョン」と「ザ・ロード」の2枚だけだった。何故かというと、キンクスのアルバムをたくさん持っていたJUNさんに借りることができたからである。

 

 

この時期のキンクスは第何期目だっていうくらい売れていた。MTV隆盛の頃で「カム・ダンシング」が大ヒットした。次のシングルでレイ・デイヴィスはビデオクリップにも登場していた。あの偏屈者のレイが、だよ。

 

 

ここまでなんのこっちゃい、キンクスってどんなバンドかちゃんと説明しろよ、と思われた方もいるかもしれない。うーん、どうしようかな。「ユー・リアリー・ガット・ミー」と「ローラ」と「ウォータールー・サンセット」と「セルロイド・ヒーローズ」を取り敢えず聴いてみてください、それで気に入ったら80年代キンクスにも手をつけてみてください。そんな感じだろうか。

 

 

いかんいかん。こう不親切では読者に無礼だ。せめてウィキで調べて80年代の頃どうだったかを書いておこう。

 

 

「・・・演劇風コンセプト・アルバムは以前と比べ成功しなかったが、バンドは1970年代後半と1980年代初期に復活を経験した。なお、ヴァン・ヘイレンザ・ジャム、プリテンダーズなどのバンドがキンクスの曲をカヴァーしている。1990年代にはブラーやオアシスといったブリットポップバンドが彼らに大きく影響を受けたと語っている」

 

キンクスは1996年に解散した。原因は末期のアルバムの商業的失敗およびデイヴィス兄弟の作曲に関する緊張関係だった」

 

 

もしかしたら知ってるバンドの名前が出てきたかもしれない。そういうバンドにも大きな影響を与えてきた偉大なバンドなんですよ、キンクスは。

 

 

さてと。続かなくなってきたな。今日は、何だか調子が悪いのだ。パソコンの調子はよくなったというのに気分は暗い。天気が悪いからかな。

 

 

 

1980年の「ワンフォー・ザ・ロード」は前作「ロウ・バジェット」のアメリカでの成功を受けて制作されたライヴアルバムだった。そして次の年に作られたのが「ギヴ・ザ・ピープル・ホワット・ゼイ・ウォント」である。結構強気なタイトルだよね。言葉だけじゃなくて音にも勢いがあるアルバムだった。これは渋谷陽一サウンドストリートで聴いた。そして大学に入ってJUNさんにアルバムを借りて聴いた。ジャケットがかっこいいんだよ。ここからが80年代キンクスの快進撃の始まりだった。

 

 

続く「ステイト・オブ・コンフュージョン」でキンクスは世界的に成功する。レイ・デイヴィスはさっき紹介したプリテンダーズのクリッシー・ハインドと結婚する。来日公演もあったはずだ。これはラジオで放送されたが、僕は忘れてエアチェックもできなかった。どんなライヴだったんだろう。無茶苦茶好意的に書かれていただけに残念な思いをしたのだった。

 

 

あとの2作は、今書いた2作の勢いで作ったと思う。それくらいの勢いだったんだよ。そしてライヴ盤「ザ・ロード」が発表される。1曲目だけスタジオ録音の「ザ・ロード」でその後にライヴが始まるという構成だ。この「ザ・ロード」がいいんだよね。自分たちの今までの歩みを振り返った曲だと思うんだけど、キンクスの魅力満載の曲である。聴いてくれる?


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しかし・・・ここまで書いたというのに不吉な思いがよぎってしまった。これ、前にも書いてないか?

 

hanami1294.hatenablog.com

 

 

うーん、ちょっと重なっている部分はあるな。しょうがない、これから書き直すこともできないし。きっと昨日1980年代のことを書いたから安易にキンクスのことを書こうと思ったのだ。

 

 

もうひと踏ん張りして1990年代のことにも触れたかったが、今日はこれで力尽きた。終わります。

 

 

 

 

それでは。今日の喫煙は0本である。その代わりお菓子をしこたま食べた。