午前3時のリザード・キング

久しぶりの「午前〇時」シリーズである。今日はザ・ドアーズだ。これ以上午前〇時シリーズにお似合いのバンドがいるだろうか?まあいるかもしれないけれど、ここはひとつ、いないという僕の主張を黙って聞いて欲しい。「リザード・キング」、つまりトカゲの王様とはジム・モリソンのことだ。ピッタリの呼称である。

 

僕が初めてザ・ドアーズを聴いたのは、高校生の頃だった。例によって「サウンドストリート」で渋谷陽一が紹介した「ピープル・アー・ストレンジ」を聴いて、「何だこれは」と驚いてレコード屋に走ったのだ。そして入手したのがザ・ドアーズのセカンドアルバム「ストレンジ・デイズ」である。

 

蛇足だが、思春期に「何だこれは?」と驚くという体験を何度も出来たということは、とても幸せなことであった。人それぞれいろいろなことやモノにそういう感情を覚えるだろうが、時期によって、その後の人生を決めてしまうことがある。僕はその後、受験とか学校の勉強といった世間的な競争から降りることになった(実際は降りきれなかったけど)。教員となった今でもそれは続いている。つまりはロックに殺られてしまったのだ。ロックに殺られた人間が教員をすることはあっても、さすがに管理職にはなれないでしょ?多分僕は病気という道を自分で選んで、出世(っていうのかな)という道を拒んだのだ。誰かと比べて、なんていうことはしなくなったのだ。

 

今、ザ・ドアーズのセカンドをレコードで聴くと当時の自分の部屋の様子が思い浮かぶ。隣は姉の部屋で6畳間だった。僕はその隣で4畳半だった。そこに勉強机と椅子、ステレオ、2段ベッドをばらしたベッドが詰め込まれていた。狭い空間によくこれだけ詰め込んだものだ。スピーカーは父が柱の上方に付けてくれた。音を出しても構わない時は、勉強机の椅子に座りながら聴き、音を出せない時はヘッドフォンをしてベッドで寝そべりながら聴いていた。

 

このアルバムはどちらの態勢でもよく聴いていた。こんなに身も心も馴染む音楽があるのか、という驚きを持って聴いていた最初のバンド、最初のアルバムだったと思う。こんなことが言えるのは今だからこそ、なのだろう。たかが10何年しか生きていない何者でもない少年はただただ聴き入ることしかできなかった。

 

高校を卒業した僕は、ほどなくして金沢にアパートを借りて生活するようになった。アパートの次は借家だ。「ピープル・アー・ストレンジ」を初めてラジオで聴いた時のことや、その後聴いたセカンドアルバムの時の部屋の様子はすぐに思い浮かべることができるのだけれど、金沢でザ・ドアーズ聴いていた時のことは全く思い浮かばない。相変わらず聴いていただろうに不思議である。

 

♪自分が馴染んでいない時 人々が奇妙に思える

♪自分が孤立している時 人の顔が醜く見える

♪自分が求められていない時 女が邪悪なものに見える

♪自分が落ち込んでいる時 通りは歪んでいる         (例によって引用)

 

こんな風に始まる「ピープル・アー・ストレンジ」は、歌詞の意味も何も分かっちゃいないのに、当時の僕の気持ちにピッタリとくる曲だった。これだから音楽は怖い。何を歌っているか分からなくても誰かの心を撃ち抜くだけの力が音楽にはある。そして1967年に発表されたこの曲は今も僕を形作る成分としてしっかり残っている。「ほら、ここにありますよ」と、取り出して見せることはできないが確かに今でもあるのを感じる。

 

ファーストアルバムは、「ストレンジ・デイズ」を買って大分経ってから購入した。でも高校時代だったことは確かだ。そしてアルバム1曲目の「ブレイク・オン・スルー」にまたしても心を打ち抜かれることになる。

 

 

「向こう側に突き抜けろ」(「ブレイク・オン・スルー」)とアルバム1曲目に高らかに宣言したファースト(1月にリリース)と同じ年にセカンドアルバムを発表(10月にリリース)したザ・ドアーズ。1967年は他にもいろいろなアーティストが刺激的なアルバムを発表していた(ビートルズの「サージェント・ペパーズ・・・」とかジェファーソン・エアプレインとかいろいろあったはず)。「マジック・サマー」という言葉もあった。その中でもザ・ドアーズは異色で特別だったのではないだろうか。なんてったって暗い。「ハートに火をつけて」が何故大ヒットしたのかよく分からないくらいだ。そんな暗いバンドが1年で2枚の大傑作アルバムを発表しちゃった。

 

ここからは評価が分かれる話である。この2枚こそがザ・ドアーズの臨界点であって、その後ゆるやかに下がっていった説とラストアルバム「LAウーマン」こそが彼らの最高傑作であるという説がある。スタジオ盤を書いておくか。

 

1枚目「ザ・ドアーズ」(1967)

2枚目「ストレンジ・デイズ」(1967)

3枚目「ウェイティング・フォー・ザ・サン」(1968)

4枚目「ソフト・パレード」(1969)

5枚目「モリソン・ホテル」(1970)

6枚目「LAウーマン」(1971)

 

ジム・モリソン存命時に発表されたスタジオアルバムはこの6枚だけだ。なのに1,2枚目が最高とか6枚目が最高とか言うのはナンセンスな話かもしれない。バンドを気に入ったのなら全部聴けばいいことだし。3枚目には「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」「夏は去りゆく」、4枚目には「タッチ・ミー」「ウィッシュフル・シンフル」、5枚目には「ロードハウス・ブルース」「太陽を待ちながら」「インディアン・サマー」が、そして6枚目には「チェンジリング」「テキサス・ラジオ」「ライダーズ・オン・ザ・ストーム」が収録されているのだ。繰り返すがこのバンドが気に入ったのなら全部聴けばいい話である。

 

でもねー。やっぱり思っちゃうんだよな。3枚目以降の好きな曲を書いたけど、そうするとファーストとセカンドは全曲書かなくちゃいけないことになるんだもの。つまり僕はファーストとセカンドが最高傑作で以降ゆるやかに下がっていく派なのだ。

 

それにつけても、である。1967年から1971年までの5年間、たった5年間の活動で今でも世間を騒がせているバンドが他にいるだろうか?いやいない(はず)。今でもパリにあるジム・モリソンの墓にはきっと献花が絶えないだろう。

 

ザ・ドアーズが深夜に似合う話を書いてなかったな。そうだなあ、透明で透明で手のひらまで透き通るような夜を感じたいなら「水晶の舟」を聴けばいい。東南アジアのように濃密でドロッと掴めそうな夜を感じたいなら「音楽が終わった時に」や「ジ・エンド」を聴けばいい。ザ・ドアーズはどんな夜でも、とにかく陽が沈んだ後に聴くのが最も沁みるバンドだと僕は思う。

 

 

さて、夜も明けてきた。リザード・キングの話はこれくらいにして現実の世界に戻るとするか。それにしてもザ・ドアーズのことは何度か書いて来たけど、毎回おんなじような記事になるな。まあ、初めて読む方もいるかもしれないし、それはそれでよしとしよう。

 

 

 

今週はブログも毎日書けないくらいしんどい日が続いている。火水木と連続で30分年休を取った。5,6年のグループ学習は一旦区切りをつけた。3年生はまずまずだった。4年生は今日と来週は力を入れなければいけない。5,6年は進度がずれてきて段々何が何だか分からなくなってきていたが、何とか揃えることができた。来週からはどちらの学年も同じペースで学習を進めることができる。

 

 

いつの間にか5時を過ぎている。今はストーンズの「スティッキー・フィンガーズ」を聴いて気分を高めている。ほんとはもうひと眠りするべきだろうが、週の最後だからか、そんな気持ちにならない。

 

 

 

 

でも寝室に戻って目を瞑っていたら1時間ほどうつらうつらすることができた。これで、今日を乗り切る体力がついたぞ。

 

 

 

今日はまあまあ、だったかな。しかし15時には教頭に「帰ります」と言っていた僕であった。

 

今週も無事終わったことを祝って、少し時間は早いがいつものように赤ワインを嗜んでみるか。

 

 

じゃあね!