hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

冬眠日記その8 ~アニメーションをつくる授業の巻~

最近の音楽生活は安定している。ボブ・ディランの「インフィデル」「モダンタイムス」を聴き、ジョージ・ハリスンを聴き、ニール・ヤングを聴き、時折佐野元春を聴いている。忌野清志郎幻の楽曲も聴いている。でもやっぱりディランだ。1枚のアルバムや1人のアーティストをじっくり聴くのは本当に久しぶりだ。ディランはブームが来ると必ず長引く。多分今年中にモダンタイムス以降のアルバムも聴くことになるだろう。

 

 

 

このブログは一昨年の12月20日に開設した。もうすぐ2周年である。お陰様で今日にもアクセス数が30000を超えそうだ。ありがたいことである。もちろん全員が全員記事を読んでいることはないが、約3割の人が少しでも記事を読んでくれているようだ。それでものべ9000だ。ちょっと想像できないな。記事は今日で657記事目である。32日連続で書いている。ほんとに11月はどうしちゃったんだろう。

 

 

 

失神、その後の諸々の検査、人間ドックのE判定、高血圧等、体の変調が見られた11月だったが今度は飛蚊症である。土曜日から左目の端に何かが見える。「また医者か・・・」と思いながらネットで「飛蚊症」の検索だ。調べてみると世の中に飛蚊症の人はたくさんいるらしい。いろいろなケースがあるようだが、妻の場合は、飛蚊症になってから急速に状態が悪化し、視界の下が黒くなったので急いで病院に行ったら網膜剥離だった。それを考えると怖い。ストレスのせいだろうか。あと3週間、何とか体が持ってほしいが、精神的にも追い詰められつつある。いよいよ身を削って(←大げさ)最後の週まで頑張るしかない。

 

 

というわけで、ラップの授業の次はアニメーションの授業のことを書き留めておこうと思う。これは僕(達)が「そうじの歌」「給食の歌」を作った年度(僕はこの年で異動した)に行った授業である。

 

それは知人がiMacを購入したことがきっかけだった。僕は「ふうん。いいなあ」と思っていたが、しばらくすると「これを見て」と言われた。それは、いろいろなもの(石や砂とかだったように思う)を使ったアニメーション作品だった。びっくりした&感動した僕は「どうやって作ったん?」と聞くと、デジカメで物を少しずつ動かした写真を撮って、それをつなげたものだと言う。知人はチェコヤン・シュヴァンクマイエルに入れ込んでいたからこのような発想ができたのだろう。とにかくその時は、「かっこいいなあ」と思っただけだったが、またしてもピカーンと閃いて「これを授業でできないかな」と思ってしまった。

 

まずは、自分で作ってみようと思いトライしてみたところ(RCの『よーこそ』に合わせてひもがにゅるにゅる動き、「『よーこそ』という文字に変わる作品」)結構上手くいったのでこれでいくか、と決心した。

 

まずは子ども達に自分の作品に見せて、「面白い?この面白さを超えられる作品を作れるかい?」とまたしても乱暴な投げかけをしたところ、子ども達は「できるできる」と言い出したので、グループでひとつ作品を作ることにした。これはラップより大変だったなあ。ラップも大変だったけれど、その比ではなかった。

 

まず、子ども達は「できる」と言っておきながら「それは実現不可能だろう」というアイディアしか出てこない様子だったのが予想外だった。そのアイディアは現実的ではないことを子ども達自身が知るために時間がかかった。そして何とかストーリーを考え出し、ひとつひとつの動きをワークシートに描かせたが、まだまだ動きが荒い。まあ初めてのことなんだから当たり前である。ひとコマと次のひとコマの間の動きを考えさせるのにも時間がかかった。いやあ、予定よりかなり時間を割いてしまったよ。ほんとはこんなことしている場合じゃなかったんだけど。もちろん他の教科もしなければいけなかったし。こんなに時間を割けたのも時代のなせることではあった。

 

僕は僕で機器を揃えるのに大変だった。デジカメ、三脚などの数が足りない。隣の小学校に借りるなどしてやっと数を揃えることができた。「編集作業を手伝うよ」と言って下さる先生もいて、とても嬉しかった。

 

本時は、実際に考えたストーリーに従って少しずつ撮影をする時間にした。その場で上手くいかないとなると、話し合って上手く軌道修正できたグループや、普段友だちと関わることが苦手な子も進んで作業に取り組む姿が見られて嬉しかった。アイディアをその場で変えたグループは、橋が段々伸びていく→その上をロボットが歩いていく→橋の長さが足りなくてロボットが落ちてしまう、というストーリーにして、先生達から喝采を浴びていた。

 

当時参観してくれた先生方の感想をちょっと紹介させてもらおう。

 

「作りながらだんだん作品世界が広がっていくのが面白い(アイディアが生まれていく)」

「一人ひとりが自由にしているけれど、クラスとしてまとまっているいいクラスだなあと思いました」

「教材も含めて『物』との初めての出会い、出会わせ方の重要性が感じられました」

「子ども達の活動の意欲をかきたてたものは何だろう。①新しい表現の方法だから(カメラ、パソコン)②アニメという自由な表現だから③表現の結果がすぐに分かり、その事自体を求められるから とにかく子どもに表現させる意味を問い直すことを学んだ」

 

うーん。今読み返してみても嬉しい。でもこんなことも言われたぞ。

 

「全体の場での語りかけ(ここでは導入)は『ゆっくり』『はっきり』『要点の整理』が必要」

「年間の見通しの中で、このアニメーションの位置づけをしっかり考えたい」

「パソコンやデジカメの授業をすすめていくのに、補助の必要性を非常に感じた」

 

なかなか耳が痛い言葉だ。特に自分の語りかけについての言及は痛い。あれから僕の喋り方は変わっただろうか。そんなに変わってない気もする。

 

 

 

とかのんびり書いていたら、アップルミュージックに平沢進の、何と平沢進インタラクティブ・ライブ「架空のソプラノ」のライブ音源が紹介されていた!インタラクティブ・ライブの音源はDVDでしか聴くことができなかったので、衝撃である。これからも発表してくれるのだろうか。ドキドキするな。しかし、今平沢を聴くのは危険だなあ。考えどころではある。

 

 

明日から12月だ。本格的にブログも冬眠するかもしれない。いつもオオカミ少年になっちゃってるんだけど。