冬眠日記その9 ~アントニオ猪木最後の戦いの巻~

ここ3日間よく眠ることができている。とはいえ今は12月4日土曜日午前3時だ。昨日一昨日と5時過ぎまで寝たぞ。昨日も20時過ぎには寝たぞ。というわけで何か書きたくなってきた。記事にするかどうかは別として、だ。徒然なるままに書いてみるか。

 

今週は1日1日、1時間1時間を何とか頑張り続けて1週間を終えることができた。心の中では12月20日まで頑張って、今年いっぱいお休みにしようと思っていた。成績もほとんどつけた。あとは粛々と授業をするだけである。と思っていたら、金曜日に事務の人から「hanamiさん、この調子だと来年楽になるよ」と言われた。よく分からなかったので尋ねると、去年より年休が少ないという。このまま年休を取らないでいると、来年はずいぶん楽になるらしい。そうか。来年は何とか復活したいと思っていた僕は、嬉しい反面、12月20日以降も少し頑張らなければいけないのか、という残念な気持ちになった。どっちを選ぶか今は迷っているが、何とか少しでも頑張らねばという方に気持ちが傾いている。

 

 

 

今までにいろいろと現代の日本語、特に言葉遣いについてコメントしてきたが、今回は「という」あるいは「そういう」問題だ。キーボードで「~という」と打つと、必ずといっていいほど「~と言う」と変換される。「そういう」にしても「そう言う」と変換される。さっきの文だと「頑張らねばと言う気持ち」と変換される。これは違うんじゃないか?と思ってひらがなに直すのだが、最近の本を読んでいると「~と言う」と漢字を使って表記されていることが非常に多い。これが何だか気持ち悪い。現代は何でもかんでも「いう」は「言う」になったのかな?

 

 

「マジか!?」とは言うのに「なので」「~的には」とは言わない。これはどういうことなんだろう。きっと「マジか!?」までは、世間で使われる言葉を柔軟に受け入れていたのだろう。そして歳を取り、それができなくなったのであろう。しかし好きな作家(例えば宮部みゆき)が「なので」という言葉を遣っていると悲しくなってしまう。花村萬月は最後の牙城だ。彼はああ見えて非常に美しい日本語を使っている。間違っても今書いたような言葉は遣わないだろう。花村萬月が遣い出したら僕も諦めることにしよう。僕のこの感覚は妻も同意してくれている。

 

 

 

先日NHKBSプレミアムで「燃える闘魂 ラストスタンドアントニオ猪木 病床からのメッセージ~」という番組を観た。猪木信者にとってはかなりショッキングな内容だったと思う。やせ衰えて、喋り方も覚束ない猪木の姿は見ていて辛かった。しかし何となく僕は今の猪木の姿を受け入れていた。そりゃあ、歳をとったのだからこうなって当然だろう。それ以上に猪木がこんなにも病気で苦しんでいるのにもかかわらず、今の気持ちを率直に語っていることに心を打たれた。人前ではどんなに辛くてもシャキッとなって弱気な言葉なんて吐かない猪木なのに「早くお迎えが来てほしい」なんて言うと思わなかったよ。

 

「本当はこういう映像は見せたくなかったんですけどね。これも一つの、強いイメージばっかりじゃなくて、こんなに『もろい弱い』、どうとるかは知りませんよ。見た人たちが。そういう一つの人間としてそういう場面があってもいいかなって」(←話し言葉をそのまま書くとこうなる)

 

猪木の病名は「全身性トランスサイレチンアミロイドーシス」という。アミロイドという物質が心臓を始め全身に溜まり血液循環が悪くなる«難病»だということだ。2018年に発症した。

 

猪木の言葉を続けよう。

 

「『悟りって何だろう』とそういうものを考えたりします。あるいは死と向き合うというね。そういうものもずばり切り込んで、いずれお迎えは来るんだけど。どういう風に向き合えばいいのか。みんな挨拶すると『100歳まで頑張りましょう』(と言う)。100歳まで頑張って元気ならいいんだけど、人のためになるというね。でもどう考えたってみんなに世話かける方が多くなっちゃったんだよな。まあせめてもの俺の言葉でしか送ることができなくなっているけど。もうちょっとどう変わるか。まあ普通であればもうギブアップですね。だけどファンはそれを許してくれないよ。ファンだけじゃなくて自分自身が言い続けてきた«それ»が嘘にならないように・・・」

 

喋りながら時折見せる笑みは昔と変わらなかった。鋭い眼光も優しい目つきも。

 

「みんなありがたいことにいろいろ心配してくれる。『元気があればなんでもできる』って言った自分が・・・1個ずつその言葉ウソじゃねえよって証明しなきゃいけない」「ただ人の命っていうのはわからないからね、与えられたものを精一杯やるしかない」

 

古舘伊知郎は次のように語った。「いつまで経ってもファンに対しては、どんな状態になっても自分を見せ続ける。だから人によっては『何であんな凄かった猪木がこういう状態になったのを晒すの?』と。『見せなくてもいいじゃん』と言うけど、全身アントニオ猪木なら見せるしかないじゃないですか。どんな状態でも。常に見えないロングガウンを纏ってんだから。だから恥ずかしげもなく・・・関係ないんですよ」

 

身の回りの世話をする秘書はこう語る。「本人がプロレスラーだったものですから、我慢する癖がつき過ぎてて、自分の体調が自分で分からないんですよね。耐える癖がついちゃってる」

 

壮絶である。猪木は自分との戦いを今も続けている。

 

番組の最後に古舘伊知郎から届いたメロンのお礼に動画を撮るとなった時、いきなり表情と口調が変わって「アントニオ猪木」になって喋っていた姿に只々驚くばかりであった。

 

 

 

この番組を観た僕は猪木の試合が観たくなり、早速YouTubeで検索した。そして若かりし頃の試合を観てみた(ディック・マードック戦)。そこで思ったことは「やはり猪木は強い」ということだった。その強さは序盤に発揮されていた。「昭和のプロレス」は、序盤はゆったりした展開で当時は退屈だったが、今観ると色々な事が分かった。コンディションもかなりよかったのだろう。体のキレが素晴らしい。そしてするすると体を動かし簡単に腕を取って極める。本気でやったら即ギブアップするだろうな、という動きだ。道場ではきっとこういう練習ばかりやっていたんだろうな、と思わせる。

 

その勢いで船木誠勝の「もしアントニオ猪木が現代のプライドやUFCで戦ったらどうなる?」という「たられば」の番組を観た。船木は僕の期待を裏切って、「勝つことは難しいだろう」とコメントしていた。一番はやはりバックボーンだと言う。アマレスや空手、ボクシングなどをやった上でのプロレスラーならいざ知らず、猪木のバックボーンは陸上競技だ。それが致命的だと語っていた。実際にプロレスから総合格闘技に転身して成功を収めた彼のコメントなのだから頷くしかない。しかし最後の「必ずや感動的な試合を見せてくれるだろう」というコメントには大いに納得した。

 

というわけで僕は、猪木のDVDを注文した。ついでと言っちゃあ何だが桜庭和志のDVDも注文した。