ようし、エリック・クラプトンについて書くぞ。なんだお前、やっと書くのか、と思ってくれた貴方、貴方は僕のブログを読んでくれていますね。なんやかんや言って僕は、クラプトン(どうでもいいけど、なんでエリック・クラプトンの時は『エリック』と呼ばないのだろう)の新作を5日くらい毎日1回は聴いている。しかしどう書いていいのかよく分からなかった。
公式サイトにはこう書かれている。
「2021年、エリック・クラプトンは同年5月に予定をしていた恒例のロイヤル・アルバート・ホールでのライブを、世界中を襲っている(パンデミック)COVID-19の影響のためにキャンセルすることになってしまった。しかし、このロックダウンの中で、ミュージシャンは何ができるのだろうか・・・クラプトンはすぐに旧知のメンバーを集め、無観客でのアコースティックでのライブを行うことにした。『ぼくがしたいのは、ロウソクの火を燃やし続けるように、演奏し続けることなんだ』」
なかなか真摯な言葉じゃないか。というわけで、そのライブが劇場で上映されることになった(日本では10月に上映された)。それが「エリック・クラプトン/ロックダウン・セッションズ」である。その劇場版のライブを基にCD「The Lady In The Balcony : Lockdown Sessions」が発表されたようだ。
メンバーはネイザン・イースト(ベース)、スティーヴ・ガット(ドラム)、クリス・ステイトン(キーボード)。そしてサウンド・プロデューサーにラス・タイトルマン。
と、えらそうに書いたが、スティーヴ・ガット以外僕は知らない。スティーヴ・ガットにしても名前だけだ。
映像はベストヒットUSAで「レイラ」だけ観た。あの時は「何だか知らないが、今までより素直に聞けるぞ」「マーチンで指弾きしてるのがかっこいい」と思ったものだ。しかし、CDを聴いてある程度全貌が分かった今、「レイラ」があのように聴くことができたのは偶然ではなかったのだと思った。それと歌い出しの「孤独になったらどうする? 誰か寄り添う人はいるかい? 長い間逃げて隠れてきた 馬鹿げたプライドのために」という歌詞には、遅ればせながら初めて胸にズーンと響いた。
CDの1曲目「Nobody Knows You When You’re Down And Out」から勿論いいのだが、3曲目の「Black Magic Woman」にまずやられる。僕はピーター・グリーン作のこの曲をどのヴァージョンで聴いても「ふうん」としか思わなかったのだが、クラプトンのこのヴァージョンはいい。前半もいいが、ブレイク後にリズムが変わり、ブルースチックになるところがかっこいい。この曲からアルバムの期待は一気に高まった。
次の「ヤマ」は「Kerry」「After Midnight」「Bell Bottom Blues」「Key To The Highway」だ。「Kerry」での軽やかなギターから始まるその後の3曲はどれも有名な曲だが、何て言うのかな、とにかく聴いていて気持ちいい(後で書こう)。
そして僕にとって最大の「ヤマ」は次の「River Of Tears」である。この曲が流れた時は動きが止まったな。イントロはベースから始まるが、このベースが曲の性格を決めている。単純なフレーズなんだけど緊張感バリバリだ。初めて「River Of Tears」を聴いた僕でさえびっくりしたんだから、長年のファンはもっとびっくりしたはずである。オリジナル(「ピルグリム」収録)を聴いてみたが、このヴァージョンには負けている。
後半には「Layla」「Tears In Heaven」という僕の最も苦手な曲が待っている。しかし、この2曲もすんなり聴くことができる。「アンプラグド」の時とは違う、と断言できる。
最後はエレキセットだ。「Long Distance Call」「Bad Boy」「Got MY Mojo Working」をガンガン演奏する。アコースティックセットとの落差がたまらなくいい。
この気持ちよさは一体全体何故産まれたんだろう。僕の考えた理由は単純である。このバンドだからである。さっき挙げたこのメンバーだからこそ、こういうサウンドを創ることができたのである。つまり、バンドが先にあって、曲はその素材となっているのだ。このバンドが創る音ってどんなんだろうって、クラプトンが今まで創ってきた名曲やブルースの名曲を使っていろいろ試しているのだ。その結果とんでもなく気持ちのよい音が出来上がった。音だけではなく、クラプトンのヴォーカルも味があっていいんだよなあ。この魅力については、僕の聴く耳が最近変わって来たのも関係あるかもしれない。
デレク&ドミノスの曲もJJケイルとやった曲も古いブルース・ナンバーもカヴァー曲も超有名曲も全部このバンドがやったらどうなるか?という実験を繰り返し試行錯誤し、こうなったのだ。その結果どの曲も原曲の匂いが消え去り(そんな大げさでもないか)、新たなバンドの新たな音として響いてくるのだ。決して懐メロなんかに聴こえない。だから僕のようなものでも心地いいのだ。「Tears In Heaven」が心地よく聴こえるなんて思ってもみなかったよ。
こういう優れたセッションで演奏されることは、曲にとっても幸せなことだと思う。技術的な細かいことは、きっとどこかで言及されていることだろう。現在の僕が書けるのはここまでだ。しかし、いろいろ聴きたいものがありすぎたここ2週間である。こういうのがまだ続くのかなあ。
やっとクラプトンについて書いたぞ。ビートルズに次いで書くのに緊張するアーティストだなあ。