hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

秋眠日記

今日は徒然なるままに書くので、秋眠日記である。とはいえ以下の文章は先週の土曜日に書いたものである。今では書いた記憶も定かではない。

 

 

 

最初の頃の記事は、せいぜい500字程度だったが、回を重ねるごとに字数が増えてきて、今では2000~3000字書いている。喜ばしいことだ。いくつもの話題を書いているので当然字数も増えるわけだが、それでも一日にそれだけ書くことができるのは嬉しい。

 

前にも書いたが僕は、まずワードで記事を書く。その記事が書けたらチェック1だ。そこで直しをして、はてなブログのフォームにコピーする。そこでタグとカテゴリーをつけてからチェック2だ。不思議なものでチェック1でも2でも直すところはある。チェック2が終わっていよいよ記事をアップする。

 

そしてすぐさま「hanamiのブログ」にアクセスし、チェック3を行う。つまり僕が最初の読者となるわけだ。そこでも直したくなるところはある。そうしたら、はてなブログに戻って修正する。記事を読んで直したいところが見つかった時点ですぐに直すから、ひどい時には3回も4回もはてなブログの編集をすることなる。

 

我ながら呆れるが、こうやって記事の「完成」となる。直すところといっても、読点をつける位置とかちょっとした言い回しとか程度のことなのだけれど、気になるものは仕様がない。だからチェック1~3までは大体20分ほどかかる。それが字数の増加に伴ってさらに時間がかかることになった。なかなか面倒だが、これをやらないと、どうにも気持ちが悪い。それにしてもチェック1~3までに必ず直すところがあるって、一体どういう文章力なんだろう。

 

 

今は土曜日の午前5時である。2学期に入ってからは大体金曜日の夜は「1週間が終わったー」と思うあまり興奮して上手く眠ることができなかった。今日もそうだった。しかし眠い目をこすりながら時間を惜しんでこれを書いている。どうもこれからは、休日に何となくブログのことを考えながらぼうっとしてはいられないことになりそうだからだ。つまりはプライベートで忙しくなりそうな予感がするのだ。だからこそ「書ける時間があるうちに書いておこう」作戦になると思われる。

 

 

金曜日は診察日だった。これも前に書いたが、僕の悩みを即答するのが僕の主治医のスタイルだ。今日もそうだった。僕は「どうも上手くいかないクラスがあるんです」と言ったら「そのクラスの担任の授業をこっそり見に行きなさい」と1秒で返された。そして「きっとその人も困っているはずよ。困っているのは貴方だけじゃないはず。だから自分を責めないこと」とたたみかけられた。

 

僕は思い切って「僕の言ったことにいつも即答するんですね」と言ってみた。すると主治医は「だってあなた、学校でも会社でも悩みは大体同じなのよ。あなたが言うことは誰でも言っている悩みなの。だから即答できるの」と即答された。僕は「そうかぁ、みんな似たようなものなのか。困ったものだ」と妙に納得した。その後、気になる児童の家庭環境をよく確認し、本人の行動もよく観察するように言われた。診察が終わった後、待合室にいるとつかつかとやって来て「この本読んでみて」と本を貸してくれた。どこまでもエネルギッシュな先生だ。

 

 

その本のタイトルは伊藤絵美著「コーピングのやさしい教科書」という。帯には「自分に合ったストレス対処法がきっと見つかる!」と書いてある。ペラペラとページをめくると大事なところには丁寧にラインをひいてある。本の最後には病院のハンコが押してあった。何だか昔の図書館みたいだ。こういう類の本はあまり読まないが、これは読まねばならないだろう、と覚悟した。

 

 

さりげなく「どうも上手くいかないクラスがある」ということを書いたが、そうなのである。目下のところ最大の悩み事がこれである。だから教育ネタが書けないともいえる。「あー鬱陶しい」と書いた教育ネタの記事を書いた後に僕はこれではいかんと思い、教育書を買った。とにかく今の授業を何とかせねば、と思ったわけだ。

 

僕は教員なのに、今まで読んだ教育書はほんとにわずかだ。妻はものすごい数の教育書を買い漁っては読んでいた(今もそうだ)。彼女の本棚は教育書でいっぱいである。僕はそれを手に取って読むことができる環境にあるにも関わらず、そういうことすらもしなかった。「人に頼ってどうする」というのが一応の僕の考えだったが、今となってはちょっと言い訳っぽいかな。

 

でも、同じことをやってもその人と同じように上手くいくとも限らない。やはりここは自分の頭で考えたことをやっていきたいものだ。と思ってあえて教育書に手を出さなかった、という気持ちの方が強かった。それで上手くいったかというと全部が全部そうとも限らなかったというのが辛いところだが、自分で考え出したもので上手くいったことは、確実にいろいろな場面でも使えた。そうやって培ってきたものは今でも僕の財産である。

 

そんな僕が教育書を買った。相当追い詰められているのだろう。即効性のあるものを求めているのだろう。焦っているのだろう。でも読んでみてよかった。面白いんだもん。「そうか、こういう発問をすればいいのか」って目から鱗、だったな。こんなことならもっと早く読んでおくべきだった、とも思ったが、そういう話でもなかろう。今、こんな時だからこそ、スゥっと頭に入ってくるのかもしれない。

 

 

というわけで、今日も一日頑張って社会の授業をしてきた。3勝1敗だった。十分である。

 

 

 

とか言ってるうちに、一人の先生が休むことになりました、と校長から通達があった。

 

一体どうなってんだ?うちの学校は。どこかで検証するべきではなかろうか、と強く思った。