1970年におけるビートルズの面々

夢で、あり得ないシチュエーションの中に投げ込まれて、どうにもできず右往左往する。眠りは浅く時々目覚め、またその夢の中に入っていく、ということはありませんか?

 

昨夜の僕はまさにそれだった。僕は、ポール・マッカートニーとリンダとその子どもを取り巻く集団の中に放り込まれていた。夢の中で何だか知らないがリンダは窮状に陥っている。それを助けるにはどうすればいいのか僕には分かっている。しかし、なかなかポールに伝えられない。ポールは天然だから僕の様子に気づきやしない・・・

 

というどうでもいい夢をなぜ見たのかというと、きっとポール・マッカートニー初のソロアルバム「マッカートニー」を流しながら眠りに就いたからだろう。半覚醒の状態で「メイビー・アイム・アメイズド(恋することのもどかしさ)」を聴いたらえらくかっこよく聴こえた。昔JUNさんが「『メイビー・アイム・アメイズド』を好きじゃない人なんているのかな?」とコメントしていて、僕は「げげっ、ここにいるぞ」と思ってすぐに聴いてみたものだ。それでも僕にはピンとこなかった。どうでもいいことには敏感なくせに、大事なところでは鈍感なので困る。

 

しかしこれでやっと僕も人の子になれた。「メイビー・アイム・アメイズド」の良さが分かるようになったんだ。しかも「マッカートニー」の他の曲も結構いいじゃないか。これは今の耳で聴くといい、ということなのだろう。51年も前に発表されたものを喜んで聴く、こういう体験はもう何回も書いたが、それはとても幸せなことだ。これからもこういう出会いはまだまだあるのだろう。

 

それで、何故僕が「マッカートニー」に手をのばしたかというと、いつものあれである。ロックカタログ本である。この前「ビートルズは眠らない」を購入した時に、例によってアマゾンから紹介されたのが中山康樹著「ジョン・レノンから始まるロック名盤」(講談社文庫)という本である。2010年11月に刊行されている。

 

僕は中山康樹の本が好きである。彼の書く「ボブ・ディラン」「ビートルズ」「ジョン・レノン」に関する本は、中山節が冴えまくっている。何回も書くのもどうかと思うが、中山節というのは、彼が自分の好きな対象にあまりにものめり込み過ぎて時々暴言か?くらいのことを平気で書くことを指している。天下のディランに対して「ディランよ、お前はバカかと言いたい」なんて書くのはこの人ぐらいだろう。でもなんでポールに関する本を書かなかったのかは謎である。

 

この本のコンセプトはタイトルにもある様に、1970年発表の「ジョン・レノンの魂」から1980年発表の「ダブル・ファンタジー」の間に発表されたロックの名盤50枚を紹介したものでる。ジョンの作品を切り口に1970年から1980年を俯瞰して見るのは面白そうだ。そう思ってフラフラと購入してしまった。またこの本は「ビートルズから始まるロック名盤」の続編でもある。

 

ジョン・レノンから始まるロック名盤」の「はじめに」の最後で中山康樹はこう書いている。

 

「70年代とは、このように複雑にして陰影に富んだ時代ではあった。そのエンディングに待ち受けていたのが、ジョン・レノンの死とは、なんと70年代的な結末であることか。1970年の秋、その男は、『マザー』を歌っていた」

 

どうですか?読みたくなりませんか?どんな名盤が紹介されているか気になりませんか?僕は気になった。そして無意識のうちに、聴いたことがあるもの、少し聴いたことがあるもの、全く聴いたことがないものに分類していた。「もの」というのはアーティストの場合もあるし作品の場合もある。

 

全く聴いたことのないアーティストは2人いた。カーリー・サイモンとニッキー・ホプキンス(←ピアノは聴いているんだけどね)だ。全く聴いたことのない作品は今の2人の作品と、「サンフラワー/ビーチ・ボーイズ」「黄昏のレンガ路(グッバイ・イエロー・ブリック・ロード)/エルトン・ジョン」「アロハ・フロム・ハワイ/エルヴィス・プレスリー」「ある女たらしの死/レナード・コーエン」「ジャズ/ライ・クーダー」の5枚だった。

 

あとの43枚のレコードは多かれ少なかれ聴いていることになる。つまりはそういう本である。大体多くの人が採り上げるであろう作品がこの本でも採り上げられている。例えばツェッペリンの4枚目とか、ルーリードの「ベルリン」とかボウイの「ジギー・スターダスト」とかイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」とかね。これらの作品に中山康樹はどう切り込んでいくのだろうか。楽しみである。

 

「ジョンの魂」は当然1番目に紹介されていて、「マッカートニー」は4番目に紹介されている。2番目はサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」、3番目はクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングの「デジャ・ヴ」である。僕は「マッカートニー」まで読んでこうして今記事を書いている。というわけでビートルズ話に持っていこう。

 

ビートルズのメンバーのソロアルバムは色々とややこしいから、1970年にリリースしたものを書いてみるとこうなる。

 

 3月:リンゴ・スターセンチメンタル・ジャーニー

 4月:ポール・マッカートニー「マッカートニー」

11月:ジョージ・ハリスン「オール・シングス・マスト・パス」

12月:ジョン・レノン「ジョンの魂」

 

それに加えて70年5月にはビートルズの「レット・イット・ビー」がリリースされている。69年初頭に頓挫した「ゲット・バック・セッション」の最後の仕上げのためポール、ジョージ、リンゴは70年の正月にスタジオに入っている。それで、その年に全員ソロアルバムを出しているのだ。何だか生き急いでいる気もする。よく死ななかったな。

 

どうも昨日は松村雄策について書いたからか、どうでもいいことばかり書いているような気もする。しかしまだ書き足りない気持ちもある。今日どうしても書きたかったことは、「マッカートニー」がいい作品だったこと、それと1970年のビートルズ関連の動きだ。ビートルズの話は月日をきちんと書いとかないと誰かに怒られそうで緊張するなあ。

 

 

1969年9月26日に実質的なラストアルバム「アビイ・ロード」をリリースした頃はきっとまだファンにとってビートルズは「キラキラした宝石」だったのだろう。それがだんだんと雲行きが怪しくなり、1970年4月10日、イギリスのデイリー・ミラー紙が「ポール・マッカートニービートルズ脱退」と報道した頃から、ビートルズは「キラキラした宝石」ではなくなっていった(と思う)。そこからのソロ作品ラッシュだ。当然ファンは「キラキラ」を求めていた(と思われる)。しかし、最初に発表したリンゴの作品はアメリカのスタンダード・ナンバーのカヴァー、ポールは何だか家庭内作品チックで今でいえばインディーな感じかな、ジョージのはいいんだけど(勿論大ヒットしたけど)キラキラはしてないよな、って感じ?そして最後はジョンである。ファンは初めて「ジョンの魂」を聴いてどう思ったのであろうか?多くの人は「はぁ?」と思ったのではないかと僕は思う。「ちょっと意味分かんないんだけど・・・」というのがほとんどの人の感じ方だったのではないだろうか。そして「これならジョージの『マイ・スウィート・ロード』の方が幸せになれる」くらいに思っていたかもしれない。「これを待っていたんだよ!ジョン!」というような人はほとんどいなかったのではないだろうか。

 

ああ、何だかビートルズのことについて書くのは怖い。あくまでも私見ですよ。と断ってこの記事を終えよう。でも「ジョンの魂」についてまだ書きたいこともあるしなあ・・・。