振り回されるのはもう嫌だ

今日も1周6.4㎞を歩いてきた。これで3日連続だ。当然のことながら平日は人が少ないので、歩く方も気が楽だ。そんな風に気持ちよく歩いていて、残りあと1㎞のところまできた時に実家からの着信があった。父方の親戚の従弟が亡くなったという。母と話し合って通夜には僕が参列することになった。

 

僕は当然一人で行くつもりはなかった。すぐに家に電話し妻にこのことを伝え、一緒に行く算段をした。それにしても朝から変則的なことが起こるとすぐに動揺する。夜までに心を作っておかねば、と思いながら家に帰った。

 

朝食を摂っていると再び母から電話があった。「あー・・・」と思いながら電話をとると「やっぱり行かなくてもいいんじゃないか」とのことだった。話が見えてこない。しかしここは自分から深掘りしたくはない。と思いつつ黙っていると母は滔々と行かなくてもいい理由を話し始めた。またこれか。骨肉の争いってやつか。だから親戚付き合いは嫌なんだよな。母は僕に判断を求めている。僕の気持ちはずんずん沈んでいく。結果「通夜には行かない」ことに決定した。

 

しょうがないのでLINEで妻に「行かないことになりました」と伝えた。昼過ぎに妻から電話があり、「行かないって・・・ホントに?それでいいの?」と問い詰められた。またしても僕の気持ちはずんずん沈んでいったが「そういうことなんで。帰るのはいつも通りで」と簡単に話を切り上げた。

 

 

それにしても骨肉の争い、って今でもあるんだ。親戚でもここの通夜には顔を出す、とかここには行かない、とかもうやめてもらいたいんだけど。とはいえ最終的な判断は僕自身が下せばいいことである。いや、下さなければいけない立場だ。それが嫌で嫌で堪らない。

 

こういうことはもう自分の代で終わらせたいものである、と昔書いたことがあったが、どうもそういうわけにはいかないのかもしれない。しかし従弟の通夜に出ない奴なんて世の中にいるもんかね。我ながら情けない。

 

 

というわけで朝から、そして今も心臓がドキドキしちゃって困っちゃっている。それにしても従弟は僕の1こか2こ下の年齢だ。前から具合が悪かったのだろうか、と考えても仕方のないことが頭をよぎる。あーこりゃあ、後に引き摺りそうだな。

 

 

午前中はそうやって悶々としながら読書をした。30分程朝寝までしちゃったよ。こんな風に一日を過ごすのはいかん。何かしなければ。よしっ、いいことをするぞ。まずはレコードを聴いて落ち着こう。ディラン、頼むよ。

 

 

いやあ、最初は横になりながら聴き流していたけど、途中で身体を起こして聴き入っちゃったよ、「ラフ&ロウデイ・ウェイズ」。これは2020年に発表されたディラン39作目のスタジオ・アルバムで目下のところ最新作だ。怒るわけでも悲しむわけでもなさそうな、ディランの穏やかな歌い方に心がシャキッとしたよ。思いがけないところから援軍は来るもんだな。

 

 

4月に来日公演してなかったっけ?ディランは。今日この日も世界のどこかでコンサートをするかその準備をしているんだろうな。「ネヴァー・エンディング・ツアー」と称してもう何十年も(調べたら1988年から始まっている。もう35年だよ。人間なら働き盛りの年齢になっている)演奏活動を続けているが、最早彼にとってそれが日常なのだろう。ノーベル文学賞なんて非日常的なものは彼には必要ないのだ。というか積極的に邪魔なことなのだろう。ツアーをひたすら続けているこの状態に一番の居心地の良さを感じているのだろう。最後の時もきっとツアーの最中に来るのだろう。見事な生き様である。

 

でも39枚もスタジオ盤を作ったんだから、キリよく40作目も作ってね。

 

 

「ラフ&ロウデイ・ウェイズ」をもう1回聴きながら、テレビのラック整理をした。今日したいいことはこれだけだ。でもこれだけでいいや。

 

 

いつの間にか心臓のドキドキは収まっていた。サンキュー、ディラン。

 

 

この調子でNHK特集ドラマ「旅屋おかえり 秋田編」を観た。更に元気が出た。今は無理でもいつか温泉に行きたいものである。それにしても安藤サクラはこういう役が似合ってるなあ。

 

 

さてと。夕食を作る時間だが、佐々木朗希が投げる時間になった。これは観なければ。