なかなか難しいもんだね

僕が今、何とかモノにしようしていること、それは歌詞を書くことだ。これがなかなか難しい。当然だけどね。ということもあって「ニール・ヤング詩集」に手を出してみた。これをつらつら読んでいるうちに、霧が晴れるような思いになったかというとそうでもない。さらなる混迷の沼に入り込んだ気分である。

 

 

彼の歌詞は最初から最後までえらく具体的なことを歌っている曲は結構ある。でも所々具体的で景色が重い浮かぶような箇所もあるかと思えば、その次には何だか分からない彼の心象風景を描いているのかな?というような歌詞もある。でも全体的には素直に読むことができるし楽しんで読めている。「そうか、こういうことを歌っていたのか」という歌詞もたくさんあった。まあ、ボウイのよく分からない歌詞より読みやすいことは確実だ。

 

 

今のところの僕のお気に入りは「ハーヴェスト・ムーン」収録の「ドリーミン・マン」である。歌い出しはこうだ。

 

♪僕は夢見るドリーミン・マン 悩みといえばそれが僕の悩み

♪現実と夢の区別なんか僕にはできやしない

♪夕方、草原に出かけて 愛車アエロスターを停める

♪そんな時、僕の手は拳銃を握りしめてはいても

♪胸の中はきみへの甘い思いで いっぱいだったりするんだ

 

♪でもそんな区別なんかできなくたっていい 僕はずっとこれからも夢見ていくさ

♪ドリーミン・マンで結構じゃないか         

                            (訳詩:室谷憲治)

 

 

「拳銃を握りしめて」「きみへの甘い思い」でいっぱいだと歌う矛盾した気持ちは僭越ながら僕でも共感できる。もうここだけでニール・ヤングを信じてついていこうと再確認したよ。

 

 

でも歌の最後で彼はこう締める。

 

♪ドリーミン・マン、それが彼の問題

♪ドリーミン・マン、それが彼の悩み

♪ドリーミン・マン

 

 

我ながら弱った奴だよな、俺って、という風に彼は歌っていると僕には思えた。ここも共感大である。今までその声とギタープレイとメロディだけで「ニール・ヤングは信用できる」と根拠なく思っていたが、この歌詞を読んでその思いが更に強くなった。

 

 

さて、僕の歌詞制作の進捗状況はどうだろう。僕は指導案を書く時も集中して順番に書くことができない質なので、歌詞も「ああ、こんなモチーフで書きたいな」と思うものを片っ端から書き散らかしていき、気が向いたところから書き足していくという手法を取っている。それがだんだん収束して1曲に集中出来ればいいんだけど、今のところそんな気配は見られない。弱ったものだ。

 

 

最近ブログの字数が半分くらいになっているのは、この歌詞制作活動にも一因がある。つまりぼぅっと考えているんだか考えてないんだか分からない時間が増えたということだ。これで何も実らなかったら結構悲しいので、こうやってブログに書いて自分に喝を入れようという作戦に出たわけである。

 

 

大体大学時代に3,4回歌詞を書いたからって、今スイスイと書けるわけがないよな。でも今だったら俺はどんなことを書くのだろうという興味はある。だからもう少し頑張ってジタバタしてみようと思う。

 

 

ところで昨日は教頭に「今、心の中で流れている涙が止まりません」「毎日年休を取るのが心苦しくて辛いです」というようなことを言った。その時教頭は笑いながら受け答えをしていたが、その後校長に言ったのだろうか。今朝、校長に「今日電話していいか」と聞かれた(校長は1日出張で学校にいない日だった)。「分かりました」と答えた僕だったが、17時現在、まだ電話はかかってきていない。ちょっとソワソワしている僕である。

 

 

こんな時に聴く音楽は決まっている。デヴィッド・ボウイの「ダイヤモンドの犬」である。この暗さが堪らんね。ボウイのギザギザしたエレキギターの響きも、クールなサックスも僕の心を直撃しまくりである。でもここからボウイはソウル路線に行ったんだな。その端緒も窺える「ダイヤモンドの犬」は6月の間、僕の愛聴盤になりそうだ。

 

 

 

 

校長からの電話の用件は「貴方の勤務評定をC評価にするね。ごめんね」という毎年言われていることだった。何だよ、そんなことかよ、と思った僕であった。あとはそれとなくできるだけ1学期長くいてほしいとほのめかされた(←こっちの方はちょっと嫌だった)。

 

 

 

 

さてと。ぼぅっとしてみるか。