hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

もう少しだ、頑張れ

888回記事を書いてから12回記事を書いたら900記事になる。当たり前のことだがやはり記念日好きの僕としては書かずにはいられない。今回で900回記事を書いたことになる。おめでとう、俺。888記事の時にも自分で祝ったので特に書くこともないが、この調子で書いていくと、来年の春頃には1000記事達成祝いを書くことになりそうだ。

 

900記事ということは、少なくとも900回はパソコンに向かってキーボードをパタパタ叩いていたことになる。ブログを始めてすぐにこのパソコンを買ったのだが、十分元は取れたかな。Cドライブの空き容量が少なく、何かと動作が遅いのが玉に瑕だが、持ち運びが楽なので、どこででも作業できるのが嬉しい。今年度はブログ以外でも、仕事で大活躍した。

 

 

それはそうと、今日は水曜日である。昨日から天候は冬型傾向が強まり、どんよりと黒い雲が朝から広がっている。精神疾患者としては気の思い時期がやって来た。今日は雪は降らないまでも朝から黒い雲が広がることだろう。

 

でも僕にとっての2学期はあと1週間である。時数にするとあと10数時間である。気持ちを切らさないでもう少し、頑張ろう。何故かは分からないが、1学期末より2学期末の方が無理はきくんだよね。

 

とはいえ、11月からの2回の発熱で身体、特に喉の方は未だ改善されず、である。相変わらずエスエスブロン錠をガンガン飲んでいる。この機会に煙草もやめられるといいんだけどね。多分やめないだろう。あ、でも今度増税かなんかで煙草が値上がりしたら、僕はスッパリやめるつもりだ。1箱200円時代から吸っている僕としては今の状況に不満を持たざるを得ない。

 

 

さーて、ポール・ウェラーのことを少しだけ書くか。彼の最初のバンドであるザ・ジャムについてウィキペディアで調べつつ自分はどう聴いてきたかを書いてみよう。

 

ザ・ジャムは、イギリスのロックバンド。ポール・ウェラーを中心にしてロンドンで1977年にデビューし、1982年に解散した」  ←たった6年弱の活動期間だったんだな

 

「パンク・ムーブメントの全盛期にデビューしながら、モッズ・スタイルを貫き、R&B方面にもアプローチすることでオリジナリティーを獲得した」

 

「ジャムはよくパンク・ロックに分類されることが多く、当時ウェラーも『セックス・ピストルズにインスパイアされた』と語りデビュー当時の作風はパンクの影響が色濃かった」

 

 

そうなんだよな。パンクといえば、世間ではセックス・ピストルズザ・クラッシュザ・ジャムだったんだよなー。でもギザギザロック一筋だった僕はポール・ウェラーの真面目過ぎるヴォーカルにパンク魂を感じなくて弱っていたんだった。僕にとってのパンクはリアルタイムではまずストラングラーズ、そしてザ・クラッシュが来て最後にピストルズだった。まあザ・クラッシュジョー・ストラマーのヴォーカルもストレートすぎて最初は好みじゃなかったんだけど。そう思うとストラングラーズのヒュー・コーンウェルはエライ。インテリのくせしてちゃんとパンクを体現していた声だった。ピストルズジョニー・ロットンは勿論パンクの象徴に相応しいヴォーカルだった。

 

 

「ウェラー自身は元々スティーブ・マリオットやザ・フー、更にモータウンやスタックスといったR&Bの大ファンであり、ファッションにしても細身のスーツ+ネクタイといったパンクとは異なるものを着こなしていた」

 

「ワーキングクラス出身のリアリティを見せるシリアスな歌詞と時々織り込まれるユーモア、インタビューでの政治的な発言とその裏腹のピュアネス、何よりそのソリッドでハードなジャムサウンドから、やはり彼らはパンク/ニューウェイヴの中心的存在であり、当時のイギリスの普通の若者達から絶大な支持を受けた特異な存在であった」

 

 

そうか、時々ユーモアも感じられたのか。僕は何故このバンドが絶大な人気を誇っていたのかがよく分からなかった。でも今考えると、それは凄いことだったのだろう。日本でいうと、初期ルースターズが初登場第1位みたいなもんだからな。今ここまで多くの人に支持されているバンドはイギリスにはいないと思う。いたらごめんね。

 

デビューシングルである「イン・ザ・シティ」を今聴くと、ストレートな曲調、ポール・ウェラーの鋭いカッティングのギターサウンドが素晴らしい。当時はそのストレートさが物足りなかった僕であった。でも当時ポールは18歳だったんだな。若いって素晴らしいな。


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僕がリアルタイムで気に入ったのは昨日も書いたがラストアルバムの「ザ・ギフト」(1982)だった。

 

「ホーンセクションの導入、ファンク、カリプソ等の要素を取り入れ音楽性の振幅はさらに広くなり、モータウン調の『悪意という名の町』はシングルカットされNO1となる」

 

そうそう、ファンキーになったジャムに僕はかっこよさを初めて感じたのだった。「Precious」という曲が大好きだった。でも「悪意という名の町」には最初ノレなかった。何故ジャムがモータウン?と思ったものだ。しかし、何度も聴いているうちに自然とポール・ウェラーの生真面目ヴォーカルとこの曲が見事にマッチしていることに気づいた。今でもこの曲を聴くと盛り上がる。


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どう?ポール・ウェラーって生真面目そうでしょ?

 

「しかし、音楽的には充実期を迎えていたものの、ウェラーは『ザ・ジャム』という枠組みの中で活動に終止符を打つことを選び、『自分たちの成し遂げた事に意味を持たせたい』というコメントと共に1982年10月に突如解散を宣言した」

 

絶大な人気を誇っていたことは知っていたから、これには驚いた。初めてジャムにパンク魂を感じたよ。日本でいうとザ・ブルー・ハーツが突然解散を発表したのに似ている。

 

後に後期ジャムのライヴを見たが、カーティス・メイフィールドの「ムーヴ・オン・アップ」をホーンセクションを入れつつ激しくギターをかき鳴らしながら高速テンポで歌うポールを見て「なるほど、こういうのをやりたかったんだ」と思った。

 

 

というわけで、ポール・ウェラー最初のバンドであるザ・ジャムを取り急いで紹介してみました。

 

しかし、何だな。こうやっていつもいつもウィキに頼って、ちょこっと自分の雑感を織り交ぜる、というスタイルには限界があるな。もっとアーティストなりバンドなりに肉迫したいものだ。そのために歌詞を読むことは必須であろう。とか言いながら実現するのはまだまだ先のことになりそうだ。一応その志は持っていることをここに表明しておこう。

 

 

最近、睡眠事情は書いていないが、相変わらずである。19時までブログを書くなどして過ごし、19時になって眠剤を飲んでから夕食を作る。作りながら段々朦朧としてくる。最近20時過ぎには妻は帰ってくるようになったから、一緒に食べて、その直後に寝落ちする、という毎日だ。炬燵を導入したのもリビング寝落ちに大いに関係あるな。

 

 

23時過ぎに目覚めて寝室に行く。そして3時頃目が覚める。今迄とおんなじですな。特筆すべきことは何もない。