夏眠日記その5

昨日からエアロスミス「ウォーク・ディス・ウェイ」のイントロ練習を始めた。勿論超スローヴァージョンだ。何でもそうだが、最初の違和感から少しずつ慣れてくる感覚って嬉しいものである。あと数百回弾けば少しは原曲に近づくだろう。練習メニューは「ウォーク・ディス・ウェイ」「A7、D7、E7のブルース進行」(練習の成果が出ている)「デイトリッパーのイントロ練習」が主なものだ。あとはルースターズの「テキーラ」や「C.M.C」等のコードを探ったりしている。妻からは「『ジャッジャッジャー、ジャッジャッジャジャー』(ディープパープル「スモーク・オン・ザ・ウォーター」)って弾けるん?」と聞かれたがスルーした。これも練習しておこう。

 

 

ところでみなさんは、交通違反以外でパトカーに乗せられたことはありますか?僕は1回だけある。こういうのって黒歴史って言うのかな?

 

それは高校3年生の10月頃だったと思う。僕は夏休みに付き合うことになった女の子と明日デートすることになって舞い上がっていた。友達に相談すると「ボーリングにでもいけばいいんじゃないか。その方が気詰まりしないと思うよ」とのアドバイスを受けてその方向で話を進めていた。

 

しかし、何を思ったのか「そんなところに着ていく服がない」と、これまた友達に相談してしまった。すると友達は「〇〇に服を借りればいいじゃないか」と言う。そうか、と思った僕達は早速〇〇に連絡し、服を借りに行く算段をした。

 

首尾よく服を借りることができた僕達はもうすっかり暗くなった頃、自転車に乗って帰り道についていた。そして友達の一人と別れる時に、道の真ん中で話し始めた。時折大きな笑い声を出しながら。会話は結構な時間続いていたと思う。

 

今思うと近くの家の人が警察に通報したのだろう。パトカーがやって来て僕達を注意した。僕を含めた4人は素直に聞くふりをした。しかし、帰り際に僕は「〇□△!」と暴言を吐いた。すぐにパトカーが近づいてきて一番ひどいことを言った僕を連行しようとした。僕は抵抗し、抗議した。周りからわらわらと人が集まって来て僕達を見ていた。それに気づいた僕は渋々パトカーの中に入ったというわけだ。ああ、恥ずかしい。

 

パトカーの中でも注意されたが反抗的な物言いを続けた僕は外に出ようとした。しかしドアはロックされていて出られなかった。仕方なくいやいやながらの調子で僕は謝罪した。それでパトカーから放免された。遠くから成り行きを見守っていた友達は心配そうに駆けつけて来た。僕は「大丈夫。待たせてごめんね」と言って帰路に着いた。

 

友達と別れた僕は、何食わぬ顔をして家に入った。まだドキドキしていたがそれを隠し、自分の部屋に籠った。するとしばらくして母が入ってきた。「あんた、お父さんに謝りなさい」と言う。またしてもドキドキしながら何故か聞くと、「黙ってても分かってるんだからね」と言い、警察から連絡があったことを僕に伝えた。何故だ?僕は名前を言わなかったぞ。でもバレたものはしようがない。素直に下に降りて仕事をしていた父のところに行った。

 

父はリビングに行くよう促した。僕は正座して父の言葉を待った。警察から連絡があったこと、僕を諭した警察官は隣町の駐在員で自分(父親)と親しかったこと、自転車屋は何かと警察に連絡することが多いこと、だから今日問題を起こした高校生が父の息子と知って(自転車の車体番号から僕の名前を割り出したようだ)心配になって連絡したことを淡々と僕に話した。僕はただただうなだれて父の話を聞くだけだった。

 

話を聞き終わった僕は、父に「迷惑をかけました」と言って土下座した。

 

ほんとに悪いことをした僕を殴ったりしない父だった。そしてただただ悲しみだけが強く伝わってくる。いつもそうだった。

 

次の日はデートだ。最悪の気分で家を出た僕だった。しかもそれを隠して彼女とボーリングだ。笑顔でボーリングをした僕だったが、その後喫茶店に行った時に、彼女に昨夜の顛末を話すことにした。その後何故そうしたか忘れてしまったが自宅に連れて行くことになった。あんなことがあったというのにどうしてだろう。覚えてないや。

 

まあいいや、兎に角自宅に連れて行ったわけだ。両親に紹介すると、母親は嬉しそうに挨拶し、父親は何時ものように仏頂面だった。僕の部屋に行き、二人で「ふぅ」とため息をついた。二人とも昨日のことや二人が付き合っていることをクリアした気分だった。そして僕の好きなレコードを紹介したり、母が持ってきたお菓子を食べたりして過ごしたのであった・・・。

 

大体こんな感じだったと思う。我ながら恥ずかしい。それに、よくこんなことを思い出すものだとも思う。これもブログ効果なのかな。でも、なんで自分を切り売りするような文章を書いているんだろう?