hanami1294のブログ

現在休職中の小学校教員のつぶやきです(只今復職中)。

自意識過剰で引っ込み思案

僕は内弁慶で、外では引っ込み思案だった。つまりは自意識過剰でイヤな奴だったのだ。概ね。今日はそれについて書いてみようと思う。

 

引っ込み思案事例その1は「ザリガニつり」だ。小学校低学年の頃、ザリガニを釣ることが僕たちの間で大ブームになった。ザリガニが生息している沼地?いや田んぼかな?そこに大集合してみんなでザリガニを釣っていた。最初はさきいかを餌に釣るが数匹釣れると、釣れたザリガニの尻尾をちぎって餌にして釣っていた。その方がひきがいいからだ。今思えばかなり残酷だ。地面には尻尾がちぎれたザリガニが散乱していた。僕は自分で釣るよりもみんなの様子をじっと見ているのが好きだった。というか参加できなかったの方が近いかな。やりたかったらやればいいのに。今思い出してもそんなに釣っていなかったと思う。その頃から引っ込み思案&自意識過剰癖が出てきたように思う。

 

事例2にいこう。小学校中学年から高学年にかけて、(多分)世の中はプラモデルブームだった。僕は高学年になってからは戦艦のプラモデルに凝っていてよく買っては作っていた。中学年の頃はまだ幼くて怪獣ものにご執心だったように思う。クリスマスシーズンなんかは、町のプラモデル屋さんは子ども達で大賑わいで大変なことになっていた(思えば平和な時代だった)。僕はどうしていたかというと、ひたすら「いいなあ」と思うプラモデルをショ―ウィンドー越しに飽かずに見ているだけだった。それを買うお金はちゃんと持っていた。欲しいものも決まっていた。しかし、たくさんの友達がいる中でどうしても「〇〇下さい」と言えなかった。きっと「あいつ〇〇買ってるよ」などと言われるのが恥ずかしかったのだと思う。ああいやだ。恥ずかしい。結局欲しい物を買わずに帰ったことも一度だけではない。

 

こんなこともあったな。夏休み、親戚の家に泊まりに行った時の夜のことだ。その町(村に近いかな)では神社で子ども相撲大会を行っていた。親戚のお兄ちゃんも参加するので見に行って応援した。お兄ちゃんは結構いい所までいったと思う。さて帰るか、と思っていたらお兄ちゃんは僕に「タク(←仮名)、お前も出ろ」と言うではないか。もちろん僕は断った。そんな誰も知っている人がいない村で何でいきなり相撲なんかとらなきゃいけないんだ。重ねて拒否するとお兄ちゃんは周りを見渡した。そして何かを見つけるとそこで何やら交渉している。そして戻ってきてこう言った。「タク、相撲に出たら賞品にあれをやるって」。それを見た僕はクラクラした。その賞品がかっこよかったからだ。心はグラグラし始めた。それでも渋る僕にお兄ちゃんはさらに「勝っても負けても出れば当たるんだぞ」と言う。まあ結果はお分かりだろうが、もちろん僕は相撲に出なかった。ああ、これも恥ずかしい思い出だ。

 

まだあるぞ。次に僕達少年の前に現れたのはインベーダーゲームである。日本中で話題になったあのゲームが我が町にも来た。もちろん台数は限られている。だから友達数人で行って順番にやっていたが、ここまで来ればもうお分かりだろう。僕は見る専門だった。「タクは?やらないの?」と聞かれたが僕は丁重に断った。みんなは自分がやりたいものだから、しばらくしたらそんな僕を誘わなくなった。僕を見る専門のやつ、と位置付けたようだった。だから大学時代にゲームセンターに行った時は興奮したなあ。誰にも見られずに思う存分ゲームをやり続けた時期もあったな。(すぐにそのブームは終わったけれど)

 

 

というわけで、どうも僕は幼少の時から自意識過剰な人間だったようだ。だから、人前で何かをやるのを極端に避けていた。今までいろいろ過去の(結構頑張った時の)ことを書いてきたが、あれはあくまで「点」であって、僕の人生のほとんどは「自意識過剰の引っ込み思案」という「線」でできているようなものだ。だからだと思うが、僕は赤面症だった。顔が白いので赤くなったらすぐにバレる。これは教員という道を歩み出してもなかなか治らなかった。ごくごく最近のことだ。赤くならなくなったのは。もしかしたらマスク生活がそうさせたのかもしれない。マスクをしていると心の動揺が外に漏れにくいからね。

 

赤面症はほぼ治ったけれど他のことは今でも色濃く残っているようだ。いや、残っている。例えば誰かから本意ではないことを言われたら、パッと言い返すことができない。帰り道で「こう言えばよかった」「ああ・・・」と呟いてばかりだ。そしてたまりにたまった鬱憤は吐き出し方が分からなくて大爆発を起こす。最悪ですな。あろうことか管理職に面と向かって(他の職員のいる前で)非難したこともあったな。ここまでくればもう立派な病気である。

 

いやあ、軽い気持ちで書き始めたが、このままの人生だとちょっとまずいかもしれない。

 

でもこんな僕でも女性と付き合うことができて結婚まですることができたなんて、すごいよ、全く。それに40過ぎて路上ライブまでやったもんな、そう言えば。最後はやっぱりハッピーに終わりたいから今日はこれで終わることにしよう。

 

 

しかしなんでこんなことを書いちゃうのだろう。困った奴だ。露悪的になってるのかな。あ、でもこんな僕を「癒し系」と言ってくれる人もいるにはいるよ。

 

 

おっと忘れていた(しつこい)。ケンドリック・ラマーの新譜がいつの間にやら出ているではないか。一聴してこれは名盤だと思いました。