会社にたてつく清志郎

RCサクセションが史上最高にトンガっていた時期は「カバーズ」(1988年8月15日)発表の頃だということには異論はあるまい。「カバーズ」発売後、ライブアルバム「コブラの悩み」(1988年12月)とビデオが発売された(コンサート自体は8月13,14日に行われた)が、そこで、RCは(忌野清志郎は)、ザ・バンドの「アイ・シャル・ビー・リリースト」のカバーを1曲目に演奏している。

 

♪頭の悪い奴らが圧力をかけてくる 呆れてものも言えねえ またしてもものが言えない

♪権力を振り回す奴らが またわがままを言う 俺を黙らせようとしたが かえって宣伝になってしまったとさ

 ♪日はまた昇るだろう このさびれた国にも いつの日にか いつの日にか 自由に歌えるさ

 

自分で自分の首を絞めるような動きも交えながら、のっけからこの調子である。続いて2番。

 

 ♪はめられて消されたくない 好きな歌をうたって いろんな所にいって 見てきたものをうたうだけさ

 ♪日はまた昇るだろう このさびれた国にも でたらめな国にも いつの日にか いつの日にか 自由に歌えるさ

 

そして問題の3番。

 

♪頭のいかれた奴らが 世の中を動かして この俺の見る夢を 力で押さえ付ける

 ♪日はまた昇るだろう 東の島にも いつの日にか いつの日にか 自由にうたえるさ

 

ここで清志郎は東の島(日本)と東の芝(東芝EMI・・・カバーズの発売を拒否したレコード会社)をかけて歌っている。ライブでははっきりと「東の芝」と歌っている。このライブアルバムは東芝から出しているはずだ。当時はかっこいいな、と思ったけれど、今考えてみてもかっこいい。今だったらやれないんじゃないか。やろうとする人もいないんじゃないか。

 

そしてコンサート後半の「あきれて物も言えない」では、途中で

 

♪おっと社長さん 「お前は死んだ もうクビだ」と言いたい さあさあ ハッキリ言ってみな お前はクビだと言ってみな

 

の後に「言えまい!」と即興で歌った。

 

これも、今「言えまい!」と言うことができるほどの大物ロックミュージシャンはいるのか?というとちょっと見当たらない。もうほんとにさっきからかっこいいという言葉しか出てこないな。こりゃ。

 

清志郎にとっては、自分が作った歌を発表できないということが理解できないし、「何なの、この会社は。」という思いで一杯だったことだろう。彼の優先順位はただただ、自分で作った歌をみんなの前で歌いたい、その一点だけだったと思う。だったらこうするよ、ということでザ・タイマーズの活動が始まり「何なの、この国は」となるのだが・・・。今に置き換えてみるとどうだろう。

 

32年経った今、こういうことを歌う、歌うだろうと思わせるメジャーなミュージシャンは見当たらない。ということは、今現在の日本はかなり閉塞した状況であると言わざるを得ない。我々は知らない間にこんな世の中を作ってしまったのだと痛感する。