耳は聴く音楽で作られる

例えばローリング・ストーンズ。初めて聴いた時は、ミックの声が気持ち悪くてしょうがなかった。あの時の気持ち悪さは、何だったんだろう。「聴いたこともない声」を耳にして拒絶反応を示してしまったのだろうか。しかし、不思議なことに何度も聴くうちにあの声が気持ちよく聴こえてくるようになったんだなあ。

 

これが「耳は聴く音楽で作られる」ということなのだろうと思う。

 

クラシック音楽でも同様だ。僕は2人のプレイヤーだけ聴いている。グレン・グールドギドン・クレーメル。この2人のバッハを聴くと徐々に耳が作られていくのが分かる。2人ともあまりにも確信的な音なので尚更である。音がそれに慣れるよう耳に要求するのである。僕は、ロック・ミュージックではあんまり確信的な音は聴かないような気がするが(ツェッペリンは確信的に聴こえる)、この2人の確信感(こんな言葉はないか)はすごい。よって僕は他の人のバッハは聴かない。この2人で十分だ。

 

ロック・ミュージックに戻ろう。去年から僕は飛躍的にいろいろな音楽を聴くようになった。今までは、遠藤ミチロウ忌野清志郎トモフスキー平沢進と言っていればそれで終わりだったのだが、そうではなくなった。何故かは分からない。昨年は、ささくれだったバンドやアーティスト達を探し出して聴き、そして今年はアメリカやイギリスのルーツミュージック方面にまで足をのばして聴いている。昨年僕の耳は久しぶりに更新され、今年また更に大きな更新の波が訪れているというわけだ。きっとこのブログも「耳の更新」に関係しているのだろう。大学の先輩との交流が復活したことも関係しているのだろう。アップルミュージックも大きく関係しているのだろう。1年前にはマナサスを聴くことになろうとは思いもしなかった。

 

音楽で耳が作られる(更新される)のは気持ちがいい。